2011年12月31日土曜日

SAM前世療法における治療構造仮説

SAM前世療法のセッションにおける三者的構図
それでは、筆者が現時点でSAM前世療法の治療構造をどうとらえているのか、実践者としての実感的考えを述べてみたいと思います。
ただし、治療構造の説明というものは、どんな心理療法であれ、絶対的な実証ができるわけではなく、仮説に過ぎません。
ですから、ここで述べることも、当然、暫定的な仮説でしかありません。
SAM前世療法では、魂の表層は前世のものたちによって構成されており、それらのものたちが意識・潜在意識を作り出しているという作業仮説にしたがって、潜在意識をひたすら深め、それを作り出している源である魂の自覚まで導きます。
魂状態の自覚に至ったことが確認できれば、魂の表層に存在し、主訴に関わっている前世のものを呼び出します。
あるいは、魂の自覚状態に至れば、訴えや癒しを求める前世人格が自ら顕現化して待っています。
こうして顕現化した前世の人格と対話し、その苦しみや悲しみを共感的に傾聴します。
こうして、前世の人格が苦悩を語ることによって癒しを得ると同時に、前世人格とつながっている現世のクライアントの主訴も連動して改善が起こるというのが、SAM前世療法による治療の基本原理だと考えています。
このことつまり、こうした治療原理そのものは、通常のカウンセリングと何ら変わりがないものです。
ただカウンセリングの対象が生身の人間ではなく、肉体を持たない前世人格(死者)であるという点に違いがあるだけです。
したがって、カウンセラーは、クライアントと面接しているのではなく、クライアントの前世の人格と面接しているのだ、という明確な自覚のもとでセッションを進めることになります。
非常に信じがたい奇異なカウンセリングに映るでしょうが、SAM前世療法の作業仮説からしてみれば、当然の論理的帰結であり、クライアントの意識現象として現れる確かな事実です。
カウンセラーは、数百年前に人生を終え、当時のままの苦しみや悲しみの感情に苦悩しながら、今も魂の表層に生き続けている前世の人格(死者)と、対面するというわけです。
ラタラジュー人格もこうして顕現化し、ネパール語で会話したのです。
ラタラジューが真性異言で会話した事実は、彼が、けっして里沙さんの作り出した架空の人格ではないことを証明しています。
架空の人格が真性異言を話せるはずがありません。
ラタラジューはネパール人として生きたことがあるからこそ、ネパール語で会話できたのだと考えざるをえません。こうしたことから、魂の表層には今も前世の人格が生きて存在している、という作業仮説は正しい可能性があると思われます。
その一つの証拠が、ラタラジュー(CL)と、カルパナ(KA)さんの次のようなネパール語会話です。
CL  Tapai Nepali huncha?
   (あなたはネパール人ですか?)
KA  ho, ma Nepali.
   (はい、私はネパール人です)
CL  O. ma Nepali.
   (ああ、私もネパール人です)
この会話のラタラジュー(CL)という顕現化した人格は、カルパナ(KA)さんに対して、明らかに、今、ここで、問いかけています。
前世人格ラタラジューは、今も生きており、顕現化して問いかけているとしか考えられません。
こうした事実からも、里沙さんが、ラタラジューという前世の記憶を想起して語っているという説明は成り立たないのです。
それでは、前世人格が顕現中のクライアント自身の意識状態は、どうなっているのでしょうか。
これは治療構造の根本に関わる重要なポイントだと思われます。
既に紹介してきた里沙さんや他の体験者の手記からも分かるように、セッションの進行をモニターしているクライアントの意識は明瞭にあります。
つまり、前世人格の意識と現世人格のモニター意識が、併存状態のままでセッションが進行・展開していくということです。
クライアントの意識は、セラピストと前世人格の間で交わされる対話を聞いている第三者的オブザーバーの立場で、セッションに参加・同席していると理解してよいと思われます。
こうして、SAM前世療法においては、カウンセラー対前世人格の間で交わされる対話、そこに同席しモニターしている現世人格の意識という三者的構図になっていると言えるでしょう。
カウンセラーの質問に対して発話するのは前世人格です。
前世人格は、クライアントの肉体つまり、発声器官を用いて発話することになりますから、モニター意識からすると、勝手に、あるいは自動的に発話がされているという自覚を持つことになります。
それは前世人格が、悲嘆の場面に直面化したときに涙を流すという場合についても同様です。
前世人格がクライアントの涙腺を用いて涙を流すことになりますから、モニター意識はそれを自分が流している涙であるという自覚を持てないことになるのです。
ただしここで重要なことは、モニター意識は、単なるオブザーバーではなく、前世人格の苦悩やそれが癒されていく感情を、まさに自分のことのようにまざまざと共感的に理解しているということです。
つまり、前世人格の意識とモニター意識は、完全な分離状態として併存しているわけではなく、分離していると同時に強い一体感も持っている、ということです。
魂の生まれ変わりという視点から見れば、現世のクライアントは前世の生まれ変わりの結果ですから、別人格とはいえ、両者の意識は切っても切れない絆で密接につながっているはずで、同一性の感覚があるのは当然でしょう。
こうして、クライアントのモニター意識が、前世人格の語る苦悩の感情と、語ることによってもたらされる癒しの感情を共体験し、その前世人格の苦悩が潜在意識として現世の自分の意識に流れ込んで精神的諸症状を引き起こしていたということ、それが癒されたことを洞察するに至ると、それらの症状が改善に向かう、というのが現時点で筆者の考えている暫定的な基本的治療構造です。
同時に、SAM前世療法を体験したクライアントの多くが、次のような気づきを報告しています。
①自分の人格形成には、前世の人格の体験が多かれ少なかれ影響を与えているという気づきと、自分という個性が死後も存続することへの実感。
②現世の人生は、前世・現世・来世へと連綿とつながっている鎖の一つであるという超越的世界観への目覚めと、そこから自己の人生を再解釈し相対化していく超越的視点の気づき。
③魂状態での守護的存在者との出会いと、その存在者からの啓示ないし、メッセージによる被護感と、生まれ変わって現世を生きる意味への気づき。
これらはある意味で宗教的認識に類するものですが、あくまでセッションの過程で自ら気づき獲得していったものであって、カウンセラーである筆者が外部から注入したり押しつけたものではないことを確認しておきたいと思います。
これらのことを、クライアントが、少なくとも「主観的真実」として自ら深く実感した結果、新たな自己・世界解釈がなされ、そのことが自らの人生に、新たな意味づけ、価値づけ、方向づけを促し、そうしたスピリチュアルな体験を現実と統合していくことによって、症状の改善のみならず人格的、霊的成長をも促される、と考えてよいのではないかと思っています。
とりわけ里沙さんについては、すでに紹介した感想が示しているように、こうした認識が獲得されていったことが明らかにうかがわれます。
基本的には、こうしたSAM前世療法による催眠下で起こる超常的体験によって、最終的に「超越的視点の獲得」を可能にしていくのがSAM前世療法であり、他の心理療法には求めることの出来ない、独自・固有の存在意義はそこに由来すると考えていいのではないでしょうか。

2011年12月29日木曜日

魂と類魂のフラクタル構造

魂と類魂の成長進化のためのフラクタルな構造  
フラクタルとは「自己相似性」のことです。
あるパターンの全体を巨視的に見ても、微視的に細かな部分構造を見てもそっくり同じ姿になっていることを指しています。
例えて言えば、大から小へ同じ形で作られている細工物がフラクタルな構造(自己相似構造)の典型です。
こういった細工物は「入れ子細工」と呼ばれています。
大きいものに同じ姿の小さいものが入っており、そこにさらに小さい同じ姿なものが入っているという箱細工などを典型とするような細工物です。
フラクタルな細工物は人間が作り出したものですが、このフラクタルな構造は、それこそ、超大は宇宙の構造から超微小な混沌とした素粒子の運動形態にまで見られる普遍的な構造らしいことが分かってきました。
宇宙の周回運動を例にとれば、「月は地球の周りをまわっており、地球は太陽の周りをまわっており、太陽は惑星を引き連れて銀河系中心の周りをまわっており、銀河系は隣のアンドロメダ銀河の周りをまわっており、アンドロメダ銀河は乙女座銀河集団の周りをまわっている・・・というふうにサイズが一五桁にわたって入れ子構造を成しており、回転という共通した運動をおこなっている。
宇宙は壮大な入れ子細工なのである」(池内了『物理学と神』集英社新書、148頁)ということです。
フラクタルな構造についての説明が少々長くなりましたが、「宇宙の壮大な入れ子細工」から、超微小な素粒子の運動形態にまで「自然界の普遍的入れ子細工」の細工を施したのは、筆者には「創造主」であろうと思われます。われわれの三次元世界のフラクタルな構造は「創造主の摂理」なのでしょう。
そして、そのフラクタルな構造は、霊界次元における「魂」と「類魂」の仕組みにも一貫して存在していると考えられるのです。 
 一つの魂の仕組みは、その表層が前世のものたちによって構成されています。
それぞれの前世のものたちは互いに自分の地上の体験から得た学びを与え合い学び合って、一つの魂の表層を構成しています。
こうした魂の表層構造があるため、魂は一つずつ地上体験をするごとに魂全体の成長・進化を遂げることができるわけです。
この魂表層の構造は、全体としてみれば「多にして一」ですが、個々の前世人格から見れば「一にして多」ということになります。
こうした構造を持つ個々の魂は、同じレベルの成長・進化段階にある霊魂どうしがお互いに学びを得あう関係である「類魂」を形成し、ここでも「多にして一」、しかも「一にして多」という類魂内の学びの構造関係の中で類魂全体の成長・進化が図られているというわけです。
さらに、類魂には全体を指導する霊がおり、さらにその霊は高次の類魂の成員となって、さらに高次の指導霊に導かれていると言います。
こうして類魂は最小単位の一個の霊からより大きな類魂へ、さらにまた大きな類魂へと次々に統合されていくという成長・進化の構造を持っており、類魂のレベルとしてもフラクタルな構造になっているということが言えると思います。
個々の魂レベルの構造から類魂レベルの構造まで、さらに大きな類魂レベル、そしてまたさらに大きな類魂レベル・・・というようにフラクタルな成長・進化の構造は、われわれの三次元世界から異次元の霊界まで一貫して貫いている創造主の摂理として仕組まれているものだと理解してよいのではないでしょうか。

2011年12月28日水曜日

生まれ変わりと類魂・分魂の相互関係

生まれ変わりと類魂・分魂との相互関係
さて、魂と霊、そして生まれ変わりを認める立場に立つとき、生まれ変わりの仕組みはどのようになっているのでしょうか。
スピリチュアリズムの定評ある高級霊からの霊信(マイヤーズ霊の通信『不滅への道』春秋社など)によれば、生まれ変わりは非常に深遠な仕組みによっているもので、われわれ地上の人間の理解を超えるものだと言われています。
そこでスピリチュアリズムで今のところ明らかにされていることは後に述べることにして、まずは里沙さんの守護霊との対話、および2007年にM子さんを受信者として届いた自動書記による霊信で述べられていることの関係を検討し、次いでマイヤーズ霊の通信で述べられていることとの比較・検討をして、筆者の現在の見解をまとめてみたいと思います。とはいえ、この見解の実証は不可能であり、推測の域を出るものではありません。 
2005年、「タエの事例」のセッションの中で筆者は、里沙さんの守護的存在者との対話で次のような回答を得ています。
①愛された者が死後次の生まれ変わりを果たしていても、後で中間世に行った愛する者の霊と愛された者の霊は中間世で必ず出会える。
②死後中間世に行った霊は、自分(守護的存在者)の一部になる。
さらに2009年、「ラタラジューの事例」では、里沙さんの守護的存在者は次のように述べています。
③魂はすべて「霊界の意識」とつながりながら分かれたものである。
④魂のつながっている「霊界の意識」を「類魂」と呼び、その類魂から分かれて「魂」となって生まれ変わるという考え方は真実に近い考え方である。(ただし、類魂は筆者から尋ねた際に用いた言葉です)
⑤自分は類魂としての守護霊である。自分のことをハイヤーセルフと呼んでもよい。
また、2007年にM子さんの自動書記による霊信では次のように述べています。
⑥魂のはじまりは「ある意識」から生じる。その「ある意識」をあらわす言葉はあなた方の世界では存在しない。「意識体」としか表現できないものである。魂は転生するもの、旅人である。だが「意識体」は転生をしないものである。
⑦転生する魂と転生しない「意識体」はつながりを持ち、お互いが学びを得あう関係である。転生しない「意識体」がガイドとなり、転生する魂は旅をおこなう。両者に縦関係があるがゆえのそういった構成ではなく、ただ、そうあるべきものであるだけだ。
以上の二つの霊の述べた①~⑦の関係を考察してみると次のように解釈できると思われます。
③の「霊界の意識」と⑥の「意識体」とは同じものを表現していると考えて差し支えないでしょう。
つまり、④の「類魂」ということになります。
したがって、類魂から個々の魂は分かれ出て転生し、②のように死後中間世で類魂と再び合体するということになります。
そして、類魂とそれに属する地上の魂はつながりを持ち、互いに学びを得あう関係にある、さらに類魂がガイドとなって、地上の魂を導く関係にあるということです。
この「類魂」を「守護霊」ないし「ハイヤーセルフ」と呼んでもよいということになります。
そして①のことを考え合わせると、個々の魂は類魂の中に自分の分身を残して転生するので、後から中間世に来た魂と必ず出会うことができる、ということらしい。
ここまでが、筆者の関わった霊の告げた内容から分かってきた生まれ変わりの仕組みということができます。
こうした類魂と個々の霊の関係を、マイヤーズ霊の通信と照らし合わせて検討してみます。
その教えるところによれば、霊界のそれぞれの成長・進化の階層における霊は、すべてが個々ばらばらに存在しているわけではなく、同じレベルの成長・進化段階にある霊どうしの共同体である「類魂」として「一つ」の意識に融合しているが、個々の霊の個性がなくなるわけでもないと言います。
個々の霊が集合し類魂を形成し、「多にして一」、しかも「一にして多」という、個と共同体の相互浸透関係があるというわけです。
こうした類魂内では、個々の霊の体験は類魂全体の体験として共有されます。
個々の霊の地上での成長体験は、個々の成長体験であると同時に、類魂メンバーの共有する成長体験にもなるのです。
こうして類魂全体が成長・進化するために、類魂メンバーの一つの霊が代表として地上の成長体験をするために生まれ変わりをします。
この地上の体験は死後、類魂へと持ち帰られ類魂全体へ還元し共有されるということがおこなわれているのです。したがって、地上へ生まれ変わる霊は個として生まれ変わるわけですが、類魂という大きな意識共同体の一部としての生まれ変わりでもあるということです。
一方で、個々の霊がその地上生活でやり残した課題を果たすための生まれ変わりでもあるので、この意味では個としての生まれ変わりということになります。こうして、生まれ変わりは、類魂の一部分としての生まれ変わりと一個の霊の課題を果たすための個としての生まれ変わりといういう二つの異なる目的が同時におこなわれるということになります。
マイヤーズ霊は、さらに複雑な仕組みを語っています。
ある霊が知的にも道徳的にも成長・進化したレベルに達すると、複数の魂の地上生活で作り上げてきた魂の枠組みのうち未熟な部分を合成し、別の新しい魂に託すと言います。
したがって、この新しい魂の中にある前世記憶は、自分のものではなく類魂内の別の複数の魂のものということになります。
そして、自らの魂の枠組みを託す魂と、託された新しい魂とは類魂関係にあるのでその体験は類魂として共有されるということになります。
こうしたマイヤーズ霊の語る生まれ変わりの仕組みと、筆者の体験した霊との対話および霊信とを比較・検討してみると、少なくとも、
①生まれ変わりは確かにある、
②生まれ変わりをする魂は類魂という魂の共同体の一員としてのつながりを持って生まれ変わる、
③生まれ変わる魂と類魂とは互いに学びを得合う関係にある、
という三点は共通項として取り出せると思います。
三つの霊が共通して語る三点は、個々の霊の恣意的思いつきではない、と受け取ってよいのではないでしょうか。
わずか一例ですが、ある女性クラアントが魂の自覚状態で、「仲間のところへ戻りたい、でもやり残したままで、まだ戻ることはできない」と泣き出したことがあります。
「仲間とは、霊界で待っているあなたと同じような成長・進化のレベルにあるグループのことで『類魂』という言い方をしてもいいのですか?」と尋ねると「そうです」という返事でした。
こうしたセッションの事実からも、「類魂」の存在は認めることができるのではないでしょうか。

2011年12月24日土曜日

前世人格に関する考察その3

(その2からのつづき)
③ 人格形成に及ぼす前世人格の影響

SAM前世療法の明らかにしてきた現象として、不都合な精神的症状や性格特性は、前世人格の持つ体験が多かれ少なかれ影響をもたらしている、という多くのクライアントの示す事実を無視することはできません。
こうしたことから、人格の形成の要因には遺伝と環境に加えて、前世人格の体験という第三の要因を考えるべきではないかという提案は、あながち的外れの誤りではないと思われます。
各種恐怖症、強迫観念、特異な能力、変わった性癖などは、精神分析的な回りくどい解釈を持ち出さなくとも、前世人格のそうしたことに関わる具体的体験や状況を探り、それに照らして理解したほうがよほどすっきりと解釈できることは確かです。
実際に、主訴に関わる前世人格の心的外傷を癒すことによって、少なからぬクライアントの諸症状の改善が連動して起こる事実は否定できません。
生まれ変わりと前世人格の影響を認めることは、人間の性格特性や特異行動を説明するうえで、従来の心理学上の様々な考え方で解釈するよりも、より説得力があるように思われます。
私には、人格上の不可解な特性などの理由を説明することが行き詰まったときに用いられてきた「生まれつきだ」という説明にならない説明は、前世人格からの影響を受けていると考えられる、という説明に置き換えることが妥当のように思われます。
したがって、今後多くの諸事例をさらに累積し分析をしていけば、現行の人格形成の理論的枠組みに、前世人格からの影響という要因を加えるなどの検討を迫ることになるかもしれないと思われます。
生まれ変わりの研究者イアン・スティーヴンソンが、バージニア大学の自らの研究室を「人格研究室」と名付けていたのは、上記のような考え方にもとづくものだと聞いています。
(つづく)

2011年12月23日金曜日

前世人格に関する考察その2

(その1からのつづき)
② 魂の二層構造仮説と前世人格の座

イアン・スティーヴンソンによって海外で発見された応答型真性異言と考え合わせると、前世人格の存在する座を魂の表層である、とするSAM前世療法の仮説の検証は、ますます意味深い作業になると思っています。
なぜならば、スティーヴンソンは、呼び出された「トランス人格(前世人格)」が真性異言を話すことまでは言及しても、その「トランス人格(前世人格)」の存在する座はいったいどこにあるのかまではっきり言及しようとしていません。
ただし、彼は、「前世から来世へとある人格の心的要素を運搬する媒体を『心搬体(サイコフオア)』と呼ぶことにしたらどうか」(『前世を記憶する子どもたち』359頁)とまでは提唱しています。
それは実証を重んじる科学者としてのスティーヴンソンの慎重な自制からでしょうが、SAM前世療法は、それ以上言及されなかった前世人格の存在する座までも検証することになるからです。
ところでスティーヴンソンは、次のような謎とその謎解きを次のように述べています。

「私が特に解明したいと考えている謎に、イェンセンやグレートヒェンが母語(注 スウェーデン語とドイツ語)でおこなわれた質問と同じく、英語でおこなわれた質問に対しても、それぞれの母語で答えることができるほど英語をなぜ理解できたのかという問題がある。
イェンセンとグレートヒェンが、かつてこの世に生を享けていたとして、母語以外の言葉を知っていたと推定することはできない。
二人は、したがって、自分たちが存在の基盤としている中心人物(注 英語を母語とする被験者のこと)から英語の理解力を引き出したに違いないのである」 (『前世の言葉を話す人々』春秋社、235頁)。

このことは、「ラタラジューの事例」にも当てはまる謎です。
なぜ、ネパール人前世人格ラタラジューが、知っているはずのない日本語を理解し、筆者と日本語で対話できるのかという謎です。
これはラタラジューが顕現化した第一回セッションからこだわり続けていた謎でした。
だから、応答型真性異言実験セッションの始めに「ラタラジューはネパール人です。それなのに日本語が分かるということは、翻訳、仲立ちをしているのは魂の表層の『現世のもの』と考えてよろしいですか? 」という質問を里沙さんの守護霊にしたのです。
これに対して、里沙さんの守護霊とおぼしき存在も、そのとおりだと認めています。
またこの存在は、魂レベルでは言語の壁がなくなり自然に分かり合えるとも告げています。
つまり、「魂の表層仮説」のように、魂の実在を仮定すれば、スティーヴンソンの「特に解明したい謎」に解答が出せるかもしれないということです。
魂の表層に存在し、ラタラジューとつながっている「現世のもの(現世の人格)」が通訳をしているという説明ができることになるかもしれません。
(つづく)

2011年12月22日木曜日

前世人格に関する考察その1

① 魂の自覚状態と前世人格の顕現化
「タエの事例」以後四年間の経緯と「ラタラジューの事例」によって、筆者は、「魂」や「生まれ変わり」および、「守護霊」の実在を認める立場をとることにためらわないようになっていきました。
この立場をとることは、これまでこのブログで紹介してきた筆者あての霊信で告げられている予言が的中していることや、通信霊団の存在を知らないはずの催眠中のクライアントに、筆者の守護霊を名乗る霊、霊団の一員を名乗る霊、あるいはクライアントの守護霊を名乗る霊の憑依とおぼしき現象が生じ、メッセージを伝えるということが度々起きていることからも、受け入れざるをえません。
何よりも「ラタラジューの事例」との出会いによって、生まれ変わりの事実を認めざるを得なくなったからです。
魂と守護霊の実在を認める立場をとる理由は、それが直感に著しく反していないからであり、それを認めることが不合理な結論に帰着しないからであり、その霊的現象が唯物論的枠組みからは説明できないからです。
SAM前世療法の作業仮説は、霊信の告げた魂の構造を前提にして導き出したもので、良好な催眠状態に誘導し潜在意識を遡行していくと、意識現象の事実として、クライアントが「魂の自覚状態」に至ることが明らかになっています。
この魂の自覚状態に至れば、呼び出しに該当する前世人格が魂の表層から顕現化し、対話ができることもクライアントの意識現象の事実として明らかになっています。
ラタラジューも、こうして呼び出した前世人格の一つであるわけで、その前世人格ラタラジューが真性異言で会話した事実を前にして、魂や生まれ変わりの実在を回避するために、深層心理学的概念を駆使してクライアントの霊的な意識現象に対して唯物論的解釈することは、現行科学の知の枠組みに固執した不自然な営みだ、と筆者には思われるのです。
魂の自覚状態、前世人格の顕現化という意識現象に対して、とりあえず事実は事実としてありのままに認めるという現象学的態度をとってこそ、SAM前世療法を実りあるものにしていくと思っています。
そして、クライアントの示す意識現象の諸事実は、現行科学の枠組みによる説明では、到底おさまり切るものではありません。
魂や生まれ変わりの実在を認めることを回避する立場で、あるいはすべて非科学的妄想だと切り捨てて、どうやって顕現化した前世人格ラタラジューの応答型真性異言現象の納得できる説明ができるのでしょうか?
ちなみに、応答型真性異言研究の先駆者イアン・スティーヴンソンも、「グレートヒェンの事例」において、真性異言で会話したグレートヒェンを名乗るドイツ人少女を、「ドイツ人とおぼしき人格をもう一度呼び出そうと試みた」(『前世の言葉を話す人々』春秋社、P11)と記述し、呼び出された前世人格を「トランス人格」(前掲書P9)と呼んでいます。
つまり、スティーヴンソンも、催眠下で「前世人格を呼び出し顕現化させる」、というSAM前世療法における筆者と同様のとらえ方をしています。
応答型真性異言現象を、被験者の「前世記憶の想起」だとはとらえていないのです。
おそらく、スティーヴンソンの研究対象にしたこの被験者も里沙さんのような高い催眠感受性を持ち、タエやラタラジューの人格同様、催眠下で一気に魂状態になり、その表層に存在している前世人格グレートヒェンが顕現化したと推測してよいように思われます。
(つづく)

2011年12月21日水曜日

SAM前世療法中の意識状態その2

(その1からのつづき)
② 商社マンの体験記

最初に僕の緊張をほぐす意味もあったのでしょう。ご自身の催眠や前世に対する考え方、スタンスを丁寧に話をしていただきました。
少し、休憩をはさんで、さあ、いよいよ催眠初体験です。
施術前に、まず簡単な被暗示性テストを受けることになります。
これは、僕が催眠にかかりやすい方なのかどうか、を判断するために実施するものだそうで。
結果は「良好」。
かなり素直な性格の方だから、すっと催眠に入れると思う、とのコメントでした。そうです、まさに実際にその通りの結果となりました。
まず、呼吸と術者の言葉による暗示により体の力が抜けて行きます。
その後、知覚催眠という、体の感覚が離れていく状態(たとえば、手を抓(つね)られても痛みを感じない状態)へと徐々に導かれます。
そして、自分の潜在意識に表に出てきてもらうよう誘導されます。 実際には、本当に不思議なんですが、頭ははっきりしています。
顕在意識は健在なんですね。(寒いダジャレです。すみません。)
負けず嫌いの僕ですから、何とかして顕在意識は手足を動かしてやろう、と企んでいます。
でも、潜在意識が表に出ている催眠状態では、自分の手足が動かないんです。
ただ、まったく怖くはありません。
さて、潜在意識が表に出ている状態ですが、術者とのコンタクトは指の動きで行います。
術者の質問には、顕在意識とは全く無関係に、指が反応するんです。
ここまで来ると、戸惑っていた顕在意識の僕も、流れに身を任せてみる気になりました。
Th いま、あなたの潜在意識は現世のものですか?
指 無反応
Th では、前世のものですか?
指 ピクンと反応
Th あなたは、どちらに生きておられたのですか? アジア?アメリカ?ヨーロッパ?
指 ヨーロッパに反応
Th いまから、ヨーロッパの国名を私が言います。あなたの国のとき、指で教えてください。.
指 ギリシャで反応
という感じで、セッションが進められます。
術前のインタビューで、僕は、「今の自分に一番影響を与えている前世を知りたい」と希望を出していました。
たぶん、そのことがすでに暗示になっていて、すっと前世のものが出てきたんだろう、と思われます。
結果、僕の前世のものはエナンという名の、ギリシャ・アテネに住んでいた哲学者だそうです。
彼は、戦争に自分の意に反して参加させられ、人を殺してしまった、という心の傷を持っているらしく、それが癒されないため苦しみ、それが現世にまで影響を及ぼしているらしいのです。
主に指を介したやり取りですが、そばでみていた友人によればコミュニケーションが進むにつれて、指の動きが激しくなっていたそうです。
 「これから、心を介してあなたの傷を癒します」
術者のそんな声が聞こえたかと思うと、胸の前に何やら温かいものが・・・。
後で友人に聞いたのですが、その時、術者は、僕の体には一切触れておらず、ただ、両手を胸の前にかざしてくれていただけだそうです。
その温かさを感じながら、僕は泣いていました。
ポロポロ涙を流しながら。
しばらく経つと、あれだけ温かかったものが、すうっと消えていきました。
「癒しが終わりました。さあ、これから現世のものと交代してください」
相変わらず、頭ははっきりしていますが、いつ自分が前世のものから現世のものに変わったのかは知覚できません。
でも「いま現世のものですか?」と問われたら指が反応します。
そして、五つ数えたら催眠から覚めます、と言われその通りに。
体は思い通りに動きます。まず涙をぬぐう。
今回は催眠自体が初の体験でしたから、多少の緊張があり、自分の体の重さを感じなくなるところまで顕在意識と体の切り離しは進みませんでした。
でも、少なくとも手足を動かすハンドルを持つ顕在意識の「手」はやさしく外され、そのハンドルを慣れない「潜在意識」が持った、そんな感覚がありました。
僕の前世が哲学者だった。違和感はあまりありません。
今回は、何らかの問題を抱えて催眠療法を受けたわけではありません。
ですから、悪かった症状が良化した、なんていう、「目に見える変化」が起こるわけではないと思います。
でも、術中に感じたやさしい温かさと、流した涙の意味は、これから徐々に自分に良い影響を与えてくれるんじゃないかな。
そう思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
①②の二名の体験者が語っているように、SAM前世療法においては、魂状態の自覚に至ると、前世の人格が顕現化して口頭で語る、あるいは指で回答して語るということが、意識現象として確かに起こることがお分かりになったと思います。
霊信に基づいた作業仮説は、少なくとも意識現象の事実としては成り立つと判断していいと思われます。
こうして、筆者の探究は、呼び出した外国人前世人格によってその外国語で会話ができる、という応答型真性異言の発見へと向かっていくことになったのです。
もし、それが発見できたとしたら、間接的に、魂の存在とその表層には前世の人格が存在するという仮説が証明されることになり、ひいては、その魂の構造などを告げている霊信(霊との交信)と通信霊の存在が真実である証明につながると考えたからです。  
そして、SAM前世療法による探究を始めて三年後に、魂の表層から呼び出した前世人格であるラタラジューが、ついに、応答型真性異言を示した事実を確認できたのです。
「応答型真性異言は超ESP仮説を打破し、生まれ変わりの最有力の証拠と認められる」、このスティーヴンソンの主張した仮説へのきちんとした反証は、今もって提出されてはいません。
したがって、「ラタラジューの事例」によって、日本においても生まれ変わりの事実はついに証明されたと宣言できると思います。

2011年12月19日月曜日

SAM前世療法中の意識状態その1

SAM前世療法における、典型的な意識状態を知っていただくために、男女二名の体験記録を紹介することにします。
女性の方は30代半ばのワイス式前世療法士で、ワイス式前世療法の意識状態との比較に触れているものです。男性の方は40代の大手商社マンで催眠中の意識状態を詳しく自己分析しています。
① ワイス式前世療法士の体験記
今まで、ワイス式の前世療法を学んできた私としましては、催眠誘導のアプローチの違いに多少の戸惑いはありましたが、もともと被暗示性の高い私は、スムーズにSAM前世療法の誘導に導かれていくことができました。
先生に、魂の表層の過去世のものを呼び出され、「どこの国の人ですか?」と問われ、私の中に「イ」という国のイメージが浮かび、先生から「インド?・・イギリス?・・・・「インカ?」とさらに尋ねられ、まさに「インカ」といわれた瞬間に、私自身が、手で顔を覆い、泣き呻き始めたことに驚きました。
そして、左胸を掻き毟るような動作をして「苦しい・・・」と。
そう彼女は、インカの時代に心臓をえぐられて、生贄になって死んだイルという名の20歳の女性だったのです。10歳の頃に、太陽の力を受けてそれを人々に伝えるような能力を持ち、生贄になったことも「人々のために自分が死ななくてはならない」と受け止めていたイル。
でも、その死は、やはり辛く、悲しい出来事だったに違いありません。
そんなイルの気持ちが、私の中に次から次へと込み上げてきました。
この前世の女性を先生にヒーリングで癒していただき、気持ちが次第に落ち着いていくことも感じることができました。
なぜか、ワイス式の前世療法と異なり、視覚的なイメージが浮かばないのに、感覚ですべてが分かるのでした。
そして、イルの前世の後、先生に現世のものへ誘導されたにもかかわらず、また違う前世へといってしまいました。それが、イルとは違い笑えました。
まず、男のような声で唸る自分に驚き、続いて鼻を鳴らしたり、また唸ったり、発する声が完全に男になっていたことに本当に驚きました。
彼は、ドイツの木こりでした。
結局のところ、彼はどうしてこの場に出てきたのかわからず、「なんでかな~」と唸りながら、首を傾げていました。そして、先生から「また今度、ゆっくりあなたのお話を聞きましょう」と諭された後、私は現世のものに戻って来ました。
今回の先生とのセッションは、私にとってとても印象深く、ちょっとした衝撃でした。
今まで学んできたワイス式では、どちらかと言うと「自分で作ってしまっているのではないか」という感覚がありました。
しかし、SAMでは、誘導から一っ飛びに、その前世人物が現れたり、明らかにその人物の男の声、しゃべり方になっていることを実感できたからです。
(つづく)

2011年12月15日木曜日

SAM前世療法の確立その6

(その5からのつづき)


(6) 「魂遡行催眠」によって前世人格が顕現化する現象
魂遡行催眠においてもっとも特殊な、奇想天外な技法は、最終段階で、人差し指に潜在意識を宿らせ、その潜在意識を担わせた人差し指に、「魂状態の自覚」まで導かせるという技法でしょう。
この技法の着想は、前述作業仮説の⑤⑥から生み出されたものです。
つまり、潜在意識の座は脳ではなく、身体全体を包む霊体に存在するわけですから、身体のどの部分であっても霊体(潜在意識)によって包み込まれていることになります。
霊信によれば、霊体の色がオーラであると告げています。
そして、里沙さんをはじめとするオーラが感知できる人々は、身体の不調部分のオーラの色が黒ずんで見えると言います。
こうした事実を認めるとすれば、霊体と肉体は相互浸透関係にあり、霊体は半物質的性格を持つであろうと思われます。だからこそ、物質である肉体の不調が霊体に反映するということでしょう。
この着想に基づいて、十分に深い催眠状態にまで誘導後、具体的には次のような暗示をします。
「今、私の手の平が包みこんでいる、あなたの人差し指が、これから潜在意識を担います。指そのものが潜在意識として働きます。潜在意識は魂の表層のものたちが作り出していますから、潜在意識が魂状態を一番よく分かっています。そこで、この人差し指つまり、潜在意識に魂状態まで導いてもらおうというわけです。これから、人差し指がこのように上下運動を始めます。一往復するたびに魂状態に導きます。やがて、魂状態に至ると、指は上下運動を止めてそれを知らせてくれます。さあ、私が支えを取っても指は動いて導きます」
作業仮説からすれば、肉体のどの部分にも霊体の持つ潜在意識を宿らせることが可能なわけで、手首を立てたり伏せたりさせることも実験しましたが、魂状態に至るまでの時間が5分以上かかると、手首の疲労が大きいという被験者の報告が少なからずあったので、結局、上下運動の負担の小さい人差し指に落ち着いたということです。
こうした魂遡行催眠を100例以上試みる実験を繰り返しました。
果たして、良好な催眠状態に入りさえすれば、例外なく、魂遡行催眠を始めて約5分後には「魂状態の自覚」に至ることが明らかになりました。
催眠誘導を開始してからの時間では、25~30分かけて魂状態の自覚に至ることになります。
魂状態の自覚について被験者の多くは、体重の感覚がなくなり、「私という意識だけ」としかいいようのない状態になる、肉体から意識が離脱しているといった感覚になる、と報告しています。
そして、「魂状態の自覚」にさえ至れば、呼び出しに応じて魂の表層に存在している前世のもの(人格)が顕現化するという現象が確認できていったのです。
この前世の人格が現れて自分の人生を語るという意識現象の事実は、次のような「タエの事例」の印象を裏付けるものでした。 
それは、前世の記憶をイメージとして見ているのではなく、完全に前世の人格と一体化し、今、再体験しているのだという実感と臨場感があり、その迫力に驚愕し圧倒されました。
さらに言えば、前世の記憶を現世の里沙さんが想起して語っているというよりは、「前世の人格そのもの」が現れ、自分の人生での溺死の場面を再現しているという強烈な印象を与えるものでした。
つまり、里沙さんが、タエであった「前世記憶の想起」をしたのではなく、彼女の魂の表層に存在するタエという「前世の人格」が顕現化し、その人生の場面を語ったという解釈こそ、妥当なものではないだろうか、ということです。里沙さんのような特異な催眠感受性の持ち主は、「魂遡行催眠」を経ずして、一気に魂状態への遡行ができ、タエの人格が顕現化したのだと思われるのです。
また、イアン・スティーヴンソンも、『前世の言葉を話す人々』春秋社、の中で、催眠中に真性異言を話す当事者を「トランス人格」(同書九頁)と呼び、深い催眠状態において被験者とは別の前世人格が顕現化しているととらえているようです。
こうして、一連の霊的作業仮説に基づいて、魂の自覚状態に遡行させ、魂の表層に存在する前世の人格を呼び出す、という作業仮説による前世療法は成り立つ可能性があるはずだ、と試みることへの期待を深めました。
そして筆者は、この霊的作業仮説による前世療法を、ワイス式と区別するために、「SAM(サム)前世療法」と名付けることにしました。
SAMのSはソウル、Aはアプローチ、Mはメソッドの頭文字を意味します。つまり、「魂に接近する方法」という意味を指しています。したがって、「SAM前世療法」とは、「魂に接近する方法による前世療法」ということを意味しています。
応答型真性異言現象をあらわした前世人格ラタラジューは、SAM前世療法によって顕現化した前世人格です。
しかも彼は、ネパール語で対話中に、現在進行形の対話をしています。
つまり、対話相手のカルパナさんに「あなたはネパール人ですか?」と問いかけ、そうですよと回答されて、「おお、私もネパール人です」と喜びをあらわしています。
この事実は、被験者里沙さんの前世の記憶の想起だとは解釈できません。
前世人格ラタラジューが、いま、ここに、顕現化しており、現在進行形でカルパナさんと対話しているとしか言いようのない現象です。
(つづく)

2011年12月13日火曜日

SAM前世療法の確立その5

(その4からのつづき)
(5) 霊的作業仮説によるSAM前世療法

「あなたが長年探究してきたものは、これまでの視点からは成長は望めない。なぜなら、もうすでにその観点での最終地まで達しているものが存在するからである。あなたが探究するべきものは、これまでよりもさらに深奥にあるものである。魂の療法のみならず、あらゆる霊的存在に対する奉仕となるものである。そのために、あなたは自らの内にある疑問をまとめておく必要がある。・・・私達でなければ答えられないものについて、まとめなさい」
と筆者あて第一一霊信は告げています。
これは、筆者のこれまでの前世療法では新たな展開は望めないから、さらに深奥にある「魂の療法」へと探究を進めなさい、そのために、人知では及ばない魂の秘密を自分たち霊的存在が教える、と解釈できるのではないか。
そして、そのように秘密の一端が明かされたということではないのか。
そのことは、これら霊的情報に基づけば、新しい「魂の療法」へと進められるという示唆だと受け止めるべきではないだろうか。
そのように納得できた筆者は、「前世記憶の想起」ではなく、「前世人格を呼び出す」という全く新たな前世療法開発のために、「心・脳二元論」に立って、(ただし、霊が告げた「心」の概念は、一般的な「心」の概念とは異なっていますから、正しくは「意識・脳二元論」に立つということになります)次のような作業仮説を設けることにしました。
①魂は表層と核の二層構造を持つ。
②魂の表層は「前世のものたち」と「現世のもの」から構成されている。
③「前世のものたち」は、互いに友愛を結び、それぞれの前世で得た知恵を分かち合っている。こうして、魂の表層全体の成長・進化がを図られるような仕組みになっている。
④魂の表層を構成している「前世のものたち」と「現世のもの」が、意識(顕在意識・潜在意識)を作り出している。「現世のもの」、とは、現世に生まれてから以後の意識を作り出しているものである。
⑤前世のものたちと現世のものとが作り出している意識の座は、脳ではなく霊体にある。
⑥霊体は、肉体と魂を包み込むように身体全体に存在する。
作業仮説とは、十分に成り立つだけの理論的整合性は備えていないが、とりあえず研究や実験を進めるための手段として立てる仮説です。
たとえば、フロイトの「無意識」やユングの「元型論」は、明らかに作業仮説でしょう。
フロイトやユングには認められた作業仮説が、霊的だという理由で認められないはずがないだろうと開き直る気持ちでした。
さて、この「魂の二層構造仮説」に基づいて「魂」の三次元モデルを考えるなら、ちょうどミラーボールのようなものだと想像できます。
そして、ミラーボールの表面(表層)に張り付いている鏡の断片の一つひとつが、それぞれ前世のもの(人格)ということになります。
表面の鏡の断片が互いに接しているように、前世のものたちも互いに友愛を結び、それぞれの人生で得た知恵を与え合っている、つまり、リンクしているというわけです。
そして、これら前世のものたちが、意識(顕在意識・潜在意識)を作り出しているわけです。
だとすれば、潜在意識を、どんどん深め手繰っていけば、それを作り出している源である魂の表層の前世のもの、または現世のものに辿り着くはずではないだろうか。
魂状態を知悉(ちしつ)しているのは、そこから作り出されているはずの潜在意識だということになるのではないか。であるなら、潜在意識を扱う催眠状態を用いて、これら作業仮説の検証が可能ではないか。
こうして、①~⑥の作業仮説によって、退行催眠実験を繰り返し、その結果、「魂遡行催眠」と名付けた独自の催眠誘導技法を編み出すことになっていきました。
その結果、魂状態に遡行が成功すれば、魂表層に今も意識体として存在する前世人格を必要に応じて呼び出すことが可能であることが確認できるようになっていったのです。
こうして呼び出した前世人格ネパール人ラタラジューが、ついに応答型真性異言現象を示し、作業仮説の正しいことを実証することになりました。
(つづく)

2011年12月12日月曜日

SAM前世療法の確立その4

(その3からのつづき)
(4) 「心・脳二元論」と前世療法
これまで紹介した一連の霊信の符合を偶然と見なすか、何らかの意図を持つ霊的存在による働きかけと考えるかは判断が分かれるでしょう。
が、筆者は後者の判断をとってみようと思いました。
だからといって、「エドガー・ケイシー」を名乗る霊、その他の霊の存在や、その告げた内容ををそのまま鵜呑みにしたわけではありません。
存在の真偽の判断はとりあえず留保し、告げられた内容のうち検証可能なところから手をつけてその結果を待って態度を決めていこうと思いました。
そして、まずは脳・魂・潜在意識・霊体などの関係についての霊信内容の真偽を検証してみる価値はあると思いました。 
前世療法の前提として、霊信の告げた「心・脳二元論」の立場をとることについては大きな抵抗はありませんでした。
「タエの事例」の解釈として、「心・脳二元論」に立って、生まれ変わり仮説(死後存続仮説)をとることが妥当であろうと判断していたからです。
「心・脳一元論」では、生まれ変わりなどありえないからです。
そして、「心・脳二元論」は極めて少数ながら第一級の脳科学者も唱えているからです。
筆者の畏敬する九州大学名誉教授で世界的催眠学者の成瀬悟策医博は、2004年明治学院大学における第29回日本教育催眠学会の講演で次のような見解を述べておられます。
「脳は心の家来です。・・・脳の病変によって動かないとされている脳性麻痺の動作訓練を催眠暗示でやってみると、動かないとされていた腕が動くようになりました。
しかし、脳の病変はそのままです。こうしたことから身体を動かすのは脳ではなく「おれ」であることにやっと気づきました。
私のこの考え方を正統医学は賛成しないでしょうが、21世紀の終わりには、私の言っていることが明らかになるでしょう」
成瀬悟策氏の言う「脳は心の家来です」とは、自らの催眠実験研究の結論としての「心・脳二元論」の立場の表明だと思われ、ちょうどその時期に前世療法によって顕現化する魂や霊的存在の解釈に思いを巡らしていた筆者に大きな示唆を与えていただきました。
この成瀬講演以後、筆者は、生まれ変わり仮説(死後存続仮説)を認める立場で前世療法をおこなっていくことに躊躇がなくなっていきました。
また、海外でも脳の優れた研究者であるW・ペンフィールド、J・エックルズ、R・スペリーなどが、自らの実験研究に基づいて「心・脳二元論」に至っているのです。
そして、一般に信じられている「心・脳一元論」、つまり、心は脳の付随現象であり、脳の消滅とともに生前に経験されたものはすべて無に帰してしまうという言説は、唯物論科学の立場から、その立場上構成されている信念や主張をそのまま表現したものであって、この言説自体は、科学的に確定された手続きによって、検証・証明されたものでは決してないのです。
生まれ変わりなどありえない、とする唯物論的立場は、科学的根拠のない信念・主張の域を出るものとは思われません。
およそどのような種類の科学的データ・事実を提示したら、この信念・主張が論証されたことになるか、雲をつかむような話ではないでしょうか。
さて、日本で一般におこなわれている前世療法のほとんどは、15年ほど前にブライアン・ワイス著『前世療法』の出版によって広められた催眠技法です。筆者もそれ以外に技法を知らなかったので「タエの事例」まではワイス式を用いていました。
しかし、ワイス式には前提となる前世記憶の所在についての仮説が明示されていないのです。
仮説がないと言ってもよいでしょう。
前世記憶がどこに存在するかは不問のまま、催眠状態をどんどん深め、扉やトンネル等のイメージを描いてもらい、そこをくぐった先の時空を超越した次元に入ったという暗示をすると前世記憶の場面が想起される、といった経験的事実によっておこなわれていると言ってよいと思われます。
したがって、前世療法と銘打っていながら、想起された前世記憶の真偽を問うことは棚上げされたまま、療法として治ればOKで済まされてきているようです。
あげくには「前世イメージ療法」などの呼び方まで提唱されています。いったい、「前世イメージ」とは何なのでしょうか?
筆者は、思い切って、「心・脳二元論」など、霊信に基づいた霊的作業仮説を採用し、それに基づいた前世療法に取り組んで、前世記憶の「果てなき真贋論争」を半歩でも前進させる検証事実を提示したいという思いを強くしていったのです。
(つづく)

2011年12月11日日曜日

SAM前世療法の確立その3

(その2からの続き)
(3) 憑依霊が告げた浄霊方法

ところが、前世療法の成否の理由を告げた第一二霊信の五日後、2007年1月28日のセッション中の女性クライアントに彼女の守護霊とおぼしきものが憑依し、前世療法を「妨げるもの」つまり、未浄化霊(この世をさまよっている霊)と呼ばれる霊的存在を、浄化によって排除する方法を教えてくれるという不思議な符合的出来事が起こりました。
まさに、第一二霊信の告げた「周りの協力」らしきことが起きたと思わざるをえませんでした。
クライアントは、筆者の知人の女性の姪に当たる40代の女性でした。
統合失調症の診断が下りているこのクライアントの主訴は、不幸続きの人生の原因を前世を知ることによって気づきを得、これからの人生の指針を考えたいというものでした。
統合失調症のクライアントを、深い催眠状態に入れることはタブーとされています。
そうした催眠に伴う危険性を説明した上で、敢えて前世療法おこなう事情により、知人の女性には証人としてセッションに同席してもらいました。
深い催眠状態にまで誘導したことを確認したところで、クライアントは、突然次のように語り出しました。
「今日は、前世療法の新しい展開を教えるために、神様のお使いで参りました。
これから、あなたに浄霊の仕方を教えます」
と。
どうやら、彼女の守護的存在が憑依したらしいと察した筆者は、動揺を隠して、その浄霊の方法を聞いてみることにしました。
それは第一二霊信の「周りの協力によって妨げるものの判断が下せるようになる」という文言と、前日のM子さんにおこなったセッションで、「これより先へと進むたび行うであろう霊信の口頭による伝達がある」とケイシーを名乗る霊の告げた文言とが頭をよぎったからでした。
その霊的存在が教えたことは、要するに、前世に戻れない場合は、その者に未浄化霊が憑依している可能性があるから、浄霊して霊界へと送り出してやりなさい、ということでした。その道具として、不動明王の真言と般若心経を用いなさいということでした。
同年3月21日、この女性クライアントの第二回セッションをおこないました。
このときも、初回セッションと同様「今日は、神様のお使いであなたに魂のヒーリングの仕方を教えに参りました」と言い出したのです。
その要点は、傷ついている魂の表層の前世のものたちは、心によって管理されている。
心は心臓を中心として広がっているから、心臓の前あたりで両手で心を包むように構えて、つまり心を通して前世のものたちをヒーリングするように、ということでした。
筆者は霊信との符合の不思議さに駆られて、憑依霊に「あなたは、私に霊信を送ってきた霊団との繋がりがあるのか」と尋ねてみました。
回答は、
「神様と霊団の指示によって、あなたのもとに参りました。霊団は時期を見て霊信を再開します」
というものでした。
M子さんを経由する霊信は、同年2月14日を最後に途絶えていました。
もちろんこのクライアントが、筆者に霊信が届いていることや、それが途絶えていることを知る由もありません。
こうして、「神様の使い」を名乗る霊から、浄霊の仕方と魂へのヒーリングの仕方を伝授されるという摩訶不思議な現象が起こったのです。
(つづく)

2011年12月10日土曜日

SAM前世療法の確立その2

(その1からのつづき)
(2) 霊信が告げた前世療法成否の理由


通信霊に対するもう一つの大きな質問が、「なぜ前世療法において前世の記憶を想起できる人とできない人とがいるのか、その理由が何かあるのか」ということでした。
これについて通信霊は次のように回答をしてきました。
「前世退行は必要に応じて行われるものであると判断しなさい。
そして、戻れない者、要するに、深い変性意識へと誘導されない者、視覚イメージを受け取れない者に対しての要因は二種あるのだと理解しなさい。
それらに共通するのは「霊的存在により起こる」ということである。
それらは、守護的存在とそれを妨げるものとに分けられる。
それらは、守護的存在が下す判断、そしてその対象者の傷を癒す流れを留めるものによる意図が要因である。
確かに催眠技量は必要である。
だが、あなたの催眠技量は必要基準を満たしている。
あなたが前世療法をおこなえない者は、必然であるのだと理解しなさい。
今後、あなたはそれについて探究していくだろう。
よって、守護的存在からの意図である場合も、妨げるものによる意図も、あなたの周りの協力により判断を下せるようになる」
筆者の問いの意図は、前世に戻れない理由を知り、それによって前世療法の成功の確率をさらに高めたいということでした。
しかし、成否の鍵を握っているのは催眠法の技量の問題ではなく、「霊的存在」の意図によるものであり、不成功は「必然である」ということになれば、霊能者ではない筆者には、もはやお手上げだと諦める外ないと思いました。
(つづく)

2011年12月9日金曜日

SAM前世療法の確立その1

このタイトルからは、SAM前世療法という世界に例をみない特殊な前世療法が確立するに至った経緯を述べていきます。
SAMとは、oul pproach ethod の略です。「魂状態に接近する方法」を意味しています。
つまり、魂状態の自覚にまで催眠を深め、魂の表層に今も生きて存在している前世人格を呼び出し対話する、という信じ難い技法を用います。
一般の前世療法のように「前世の記憶を想起させる」という前提に立ちません。
「直接前世人格と対話する」という奇怪とも言える考え方に立っています。
つまり、クライアントの魂に潜んでいる「前世の者=死者」との対話をするわけです。
他から、奇怪、不気味、馬鹿げているなどの批判・非難を受けようとも、クライアントの意識現象の事実としてあらわれる現象であることは否定できません。
このSAM前世療法で、生まれ変わりの証拠応答型真性異言「ラタラジューの事例」があらわれたことによって、上記のことが証明できたと思っています。
(1) 霊信が告げた魂のしくみ
筆者あて第一二霊信で筆者の16項目の質問に対しての霊からの回答が返信されてきたことを公開しました。「SAM前世療法」は、この通信霊からの回答に基づいて作業仮説が設けられ、その検証の過程で定式化されていったという特異な前世療法です。
さて、筆者は、送信霊に対して最初の質問として次のように尋ねてみました。
「脳・心・潜在意識・魂の関係はどうなっているか、心は脳の生み出す付随現象なのか、それとも心は脳と別個の存在であるのかを教えてほしい」
この質問をM子さんに送信すると、その回答が第一三霊信として返ってきました。
その上で、さらに不明な点の質問を彼女に送信すると、第一四霊信として返信がありました。
大変入り組んだ説明をしていますが、その要点をまとめてみると次のようになります
①脳と心は別のものである。

②心は魂に属するもので、外部の情報を識別するための道具である。
③心は意識を管理するもので、心と意識(顕在意識・潜在意識)は別のものである。心の中心は、心臓を包むように、その位置を中心として存在している。
④意識(顕在意識・潜在意識)は、脳ではなく魂の表層(側面)のものたちが作り出している。
魂の表層のものたちとは、これまで転生してきたものたちと現世のものである。魂の傷とは、表層の前世のものたちの傷である。前世のものたちと現世のものは、互いに友愛を結び、それぞれの人生で得た知恵を与え合っている。
⑤意識(顕在意識・潜在意識)の座は霊体にある。霊体が個人的意識を持つ。
⑥死後、霊体は魂から離れる。霊体の持つ個人的意識は魂の表層の現世のものに取り込まれる。そして前世のものの一つとして表層に位置付く。

⑦魂は肉体すべてに宿り、霊体は魂を取り囲み、肉体を保護する役割を担う。霊体の色がオーラである。
⑧深い催眠中の魂状態としてあるときは、守護的存在や未浄化霊など霊的存在が降霊しやすい状況にある。守護霊との対話は、守護的存在と魂の求めが成立して行われる。
霊信は以上のような、魂の仕組みと、脳・心・意識の関係を告げてきたのでした。
霊の告げた脳と心の二元論は、前世の存在を前提としておこなう前世療法にとっては違和感はなく当然だとしても、それ以外のことについては、筆者には初耳であり、にわかにはとても信じがたい内容であり、理解に苦しむことばかりでした。
(つづく)

2011年12月8日木曜日

筆者に起きた超常現象その4の6

(その4の4からのつづき)
(6) パソコンによる自動書記の信憑性
M子さんによれば、霊信が来る前兆として後頭部に鈍痛の感覚が出ると言います。
その前兆を感知してパソコンの前に座ると、やや朦朧とした意識(トランス状態)の中で指が自動的にキイを打つという現象が始まるということでした。
キイを打っている最中は、どんな内容を打っているのか分からず、打ち終わって読んで初めて内容を知ることができると報告しています。
誤字・脱字などがあれば、送信霊の「違う、違う」と言う声がし、指が勝手に動いて打ち直しをさせられるとも言いました。
こうして打ち終わった内容は校正をしないでそのまま即、筆者に転送しているとのことでした。 
2007年1月27日、筆者はM子さんに前世療法をおこない、自動書記現象の実験を試みる機会に恵まれました。深い催眠状態の中で、筆者の守護霊を名乗る存在とM子さんの守護霊を名乗る存在が、筆者の求めとは関係なしに入れ替わり憑依し、語り始めるという現象が起こったのです。
そこで、このセッションの終末で筆者は、憑依している筆者の守護霊を名乗る存在に、次のように自動書記の実験を頼んでみました。そのやりとりを紹介します。
筆者 : ただし、霊信については、これからパソコンで自動書記がおこなわれることを確認したいと思います。それは許されるでしょうか? 控えたほうがよろしいか?
憑依霊 : それはあなたが望む方に進めばよい。
筆者 : 分かりました。それでは私の中に、少し疑念として残っている自動書記を見たいと思います。今の意識のままで受信できますか? 霊団のどなたが送信してくださいますか?
憑依霊 : できる。送信はエドガー・ケイシーが適任である。
筆者 : それでは、今日のセッションの意味と、これからの我々の心得るべきことについて、なにとぞケイシー霊に送信していただけるようにお願いいたします。
こうしてM子さんは、トランス状態の虚ろな目をしたまま、用意したノートパソコンで9分間の自動書記を始めました。その全文を紹介します。
「これよりあなた方に伝えるべきことは今回のセッションについてでなく、あなた方がこれより先に進むたびに行うであろう霊信の口頭による伝達に対してのものである。
今回M子の意識が深層へと進む妨げととなる原因となっていたものは、環境による影響である。
それらは、M子の集中力ではなく、感受性への影響を大きくもつものである。
なぜなら、M子の体感覚は振動による影響を大きく受けやすい。
彼女は聴覚としての感覚を鋭く持つが、体感覚としての感覚も鋭く持つ。
それは彼女の霊性にも深き繋がりを持つものである。
彼女が霊性を発揮するための必要環境条件として、音による影響を考慮する必要がある。
感受性の幅を広げるための環境を十分整える必要がある。
彼女は習慣として音楽を材料として用いる。
そのことを考慮に入れながら環境を考案しなさい。
あなたは今日十分な材料を得られないまま終了したと感じている。
だが、あなたの変化は生じている。
表面上に現れてこそいないものだが、あなたの感覚は今後大きく変化を生じさせるだろう。
あなたは今日セッションで交わした会話を文章に起こし見直す必要がある。
その発言が誰によるものなのかあなたには分からない点があるだろう。だが、それを突き詰めるのではなく、その内容をあなたが理解に達するように読み直し浸透させる必要があるのだ。
あなたは完全な理解にまで及ぶことはない、だがそれらはあなたがこれから先に進むための材料となるものである。
そして、あなたは今回のセッションをある人物には語ることを許される。
その人物とは、あなたが以前霊信を送った者である。
その者に、あなたの思う手段で今回のセッションについて語りなさい。
音声としての記録を聞かせることも、その者に対しては許されるものである。
あなたは、今後夢見をおこなう前に祈りを捧げる必要があると先ほど述べた。
それを習慣的な行動とするのではなく「儀式」として受け取りなさい。
あなたはこれまであなた自身の魂に対して祈りを捧げることは、あまりなかった。
それこそが、あなたの魂が先へと導くきっかけを作るものである。あなた自身の内側へと目を向け始めなさい。
M子には、しばらくの間癒しのために何かをおこなう必要はない。
それは、衝撃となりかねないものである。
よって、しばらくの間はあなたのヒーリング能力に対しての探究、そして今回の検証をおこないなさい。
私たちは必要に応じてあなた方に語りかけるであろう。そして、あなたが求める時も必要に応じて与えるであろう」
この自動書記実験で、筆者は、少なくともこの霊信については、間違いなく自動書記現象が起きたことを目の前で確認することができました。
また、「私たちは必要に応じてあなた方に語りかけるであろう。そして、あなたが求める時も必要に応じて与えるであろう」という予言は、2007・2・14にM子さんを経由する霊信の途絶えた後、2011年12月の今日に至るまで4年間、およそ2~3ヶ月おきに、セッション中のクライアントに憑依してメッセージを告げるという現象が続き、予言は実行されています。
(つづく)

2011年12月7日水曜日

筆者に起きた超常現象その4の5

(その4の4からのつづき)
(5)  第一一・一二霊信の予言の信憑性
第一一霊信で通信霊は、「私はエドガー・ケイシーではなく、彼やあなたを守護するものではない。私は特定のものを守護するものではない。だが、霊団に属するものである」と素性を語り、次のような予言をしています。2007年1月23日0時6分の転送になっています。
 
「あなたは、探究心を重要とする。あなたがまだ理解していないものについて、誰も理解を完全にしていないものについて強く引き寄せられる。
そして、前世療法についてだが、あなたは自らの霊性により独自性を持つようになる。
あなたの前世療法は、あなたにしか出来ないものになる」 
4年半前のこの予言も、2011年現在、的中していることになります。
2007年7月に、正式に「SAM(サム) 前世療法」と命名した筆者独自の創始による特殊な前世療法は、現在筆者にしかおこなえない前世療法となっています。
ちなみに「SAM前世療法」はその独自性が認められ、第四四類の登録商標になっています。
なお、SAM前世療法の詳細については後に述べますが、その開発契機となったものが、第一一霊信の次の文言でした。
「あなたが長年探究してきたものは、これまでの視点からは成長は望めない。
なぜなら、もうすでにその観点での最終地まで達しているものが存在するからである。
あなたが探究するべきものは、これまでよりもさらに深奥にあるものである。
魂の療法のみならず、あらゆる霊的存在に対する奉仕となるものである。
それは、命あるものすべてに繋がり、私達へも強い繋がりを持つ。
そのために、あなたは自らの内にある疑問をまとめておく必要がある。
あなたがこれまで探究してきた道の中であなたが処理できないもの、そして人の理解を超えるものについて、私達でなければ答えられないものについて、まとめなさい。
M子を通し、あなたは私達にそれを尋ねなさい」
 
筆者は、この霊信に従って、2007年1月23日21時半頃に、16項目の霊への質問をM子さんに送信しました。彼女には回答できないであろう前世療法についての専門的内容がいくつも含まれていました。
彼女は筆者の送付したファイルを貼り付け、霊信を待ったそうです。
その質問に対する霊からの返信の転送が、同日22時58分に届くということが起こりました。
この第一二霊信の、筆者の16項目の質問に対する通信霊の回答は、A4用紙9枚分に及んでいます。
驚くべきことに、90分足らずの時間で回答が届き、しかもその内容がA4用紙9枚に及んだということです。
おまけに、霊信の末尾で通信霊は、
「彼女という人間が答えられる問題はここでは存在しない。
これは私からの霊信であり、M子の言葉ではない。
M子の妄想ではない。
妄想では答えられないものである」
と霊信がM子さんの創作ではないことを念押ししています。
そして、
「私はあなたの祖父の守護霊とつながりを持つものであり、あなた方の世界で表現すると、遠い昔転生を終えたものである」
と素性を明かしています。
それまで、M子さんの創作の可能性を疑っていた筆者も、彼女が創作している可能性より、霊信現象が事実である可能性が高いと判断していいのではないかと思うようになりました。
M子さんが創作するには、内容の質・分量を考えると、とても90分の時間では創作不可能な回答だと判断できたからです。
この回答内容の検証の過程で、SAM前世療法の作業仮説が構築されることになっていったのです。
なお、この第一二霊信で通信霊は、
「我が霊団は11の霊的存在から成り立つ。だが神はその上におられる。
神の計画が、あなた方が進むための原動力を与えていると理解しなさい。
ただ、信じることが前進するものだと理解しなさい。」
と守護霊団の存在を告げています。
そして、この第一二霊信の回答の真偽を検証する過程で、前述の「SAM前世療法」が生まれ、やがてSAM前世療法を用いた応答型真性異言の実験セッションによって、前世人格ラタラジューの呼び出しへとつながっていくことになりました。
(つづく)

2011年12月6日火曜日

筆者に起きた超常現象その4の4

(その4の3からのつづき)
(4) 第一四霊信の予言の信憑性について
 
第一四霊信の送信霊は、自分の素性を告げてはいません。2007年1月25日のこの霊信では、次のような予言を告げています。
「ここからは、神による霊信であると理解しなさい。
あなたは今世で出会うべき女性がいる。
その女性とは、あなたが過去世において死別した愛する者である。
その者は、まだしばらくはあなたと再会することはない。
あなたは、その者にある約束をした。
それは、その者の死後、あなたが彼女へと誓ったものである。
そして、その者は死後、あなたからの約束を聞いていた。
何故出会う前に、あなたにこの話を語るのか。
それは、あなたがそのことに興味を抱くということが重要だからである。
あなたはその者が誰なのか、いつ出会うか、どのような死別を経験したのか、それらに興味を抱くだけでよいのだ。そこから、あなたは引き寄せられていく。
あなたの魂の傷を持つものは求め始める。
それでよい。あなたは、それを許すだけでよいのだ。
あなたは、あなたの魂の傷を持つものが求めるものと再会するだろう」
この謎めいた予言の一ヶ月後、2007年2月24日に予言された女性と思われる人物と、筆者は出会うことになりました。
その詳しい経緯は省いて要点のみ紹介します。
この女性クライアントは、筆者の知人の紹介で、その知人に伴われて前世療法を受けにやってきた30代半ばの女性でした。
彼女が深い催眠状態に入って前世人格が最初に発した言葉が、「先生、お懐かしゅうございます。会いとうございました」というものでした。
前世人格が語った前世の場面は、中世フランスの教会付属の学校でした。
彼女は、その学校の12歳の女生徒でした。
このときの筆者の前世は、36歳の聖職者で、政争に敗れた失意の政治的指導者でもあって、医学の心得も持つその学校の指導者であったということでした。
12歳の少女は、筆者を慕い、憧れのまなざしを注いでいたと語りました。
やがて年を経て、筆者は聖職者としての位階が上がり、成長した少女は望んで筆者の身の周りを世話する仕事にに就いたそうです。
筆者も彼女を愛したそうです。
しかし、彼女は、何かわけがあって20代前半で早世したと語りました。
第一四霊信の予言が脳裏をよぎった筆者は、彼女の霊界での記憶を尋ねてみました。
筆者があなたの魂に向かって何か誓ったことはあるか、それはどんなことか、という問いです。
彼女は、筆者が誓っていることを知っているが、その内容を話すことは禁じられているから話すことは出来ないと回答しました。
催眠覚醒後、このクライアントは、催眠中に語った記憶をほとんど思い出すことがきませんでした。
この前世療法のセッション概要は、以上のようなものです。
そして、これ以後三年近く経った今日まで、このクライアント以外に筆者とのこうした愛情関係のある前世を語る人物との出会いはありません。したがって、この神からと称する第一四霊信の予言も現実のものとなったと思われます。
(つづく)

2011年12月5日月曜日

筆者に起きた超常現象その4の3

(その4の2からのつづき)
(3) 第八霊信の予言の信憑性について

 第八霊信に至って、送信霊は、
「私はエドガー・ケイシーではない。彼を守護するものであり、あなたに繋がるものである」
と筆者の守護霊であることをはっきり認めています。そして、この筆者の守護霊と名乗る霊は次のような予言をしています。
「 あなたはいずれ前回とは異なる内容の本を出版することとなる。全貌が異なるのではなく、方向性が異なるのだ。それは、多くの人を引き付けるものとなる」
 これは、2007年1月20日の霊信であり、2011年12月現在から4年半以上前の予言です。
そして、2010年10月に、筆者は予言されたとおり『生まれ変わりが科学的に証明された!』を出版しています。
ただし、この本が多くの人を引き付けるかどうかは分かりません。
この本に収載した「ラタラジューの事例」が、アンビリで60分放映され、視聴率は13%近くあったそうですから、その意味では「多くの人を引き付ける」ことになったと言えるでしょう。
さらに、この本の内容が、
「全貌が異なるのではなく、方向性が異なるのだ」
と言う予言は完全に的中しています。
前著の『前世療法の探究』は、生まれ変わりや霊的存在について判断留保の立場を努めて保った方向でしたが、2冊目の本は、そうした立場から方向転換し、生まれ変わりや霊的存在を認める方向を明確にしているからです。
しかし、そもそも、この予言当時、筆者には次の本を書く材料も意欲も、全くなかったのです。
ところが、予言後2年以上経過し、2009年5月に「ラタラジューの事例」があらわれました。
この応答型真性異言事例が、2冊目の『生まれ変わりが科学的に証明された!』として出版できたのです。
第八霊信で筆者の守護霊を名乗る存在からの2冊目出版についての予言は、三年半を経て、まさしく的中したことになります。
(つづく)

2011年12月4日日曜日

筆者に起きた超常現象その4の2

(その4の1からのつづき)
(2) 第二・三霊信の内容についての信憑性
第二霊信で通信霊は次のように告げてきました。
「稲垣を守護する霊的存在は、生前の私を守護していた存在であり、それよりも以前に多くの偉大なる者たちを守護していたものである。
だが、稲垣にはまだ打ち明けるべきではない。
それは、彼を疑いの思考へ誘う種となるであろう。
だが、ここで私があなたと稲垣に伝えるべきことは、私があなた方を繋ぐ理由である。
私は生前あなたとしての素質を持ち、稲垣の進むものと類似する方向性を持つ者であった。
そのため、私はあなた方を繋ぐものとして接触しているのだ」
第一霊信で、送信霊は「私はあなた方を繋げるものである」と告げてきました。
さらに、第二霊信でも「私があなた方を繋ぐ理由である」と告げていることから、この二つの霊信の送信霊は同一の霊であると思われます。
そして、この送信霊は、生前「M子さんの素質」つまり、霊媒としての素質と、「筆者の進むもの」と類似性を持つ者つまり、催眠に関わる者であったと告げています。
死者の中で、そのような霊媒の素質と催眠両方に関わって有名な人物は、エドガー・ケイシーしか筆者に思い浮かぶ名前はありませんでした。
もし、エドガー・ケイシーであるとすれば、ケイシーの守護霊は、ケイシーの死後、筆者を守護しているということになります。
このことを確かめるために、筆者はエドガー・ケイシーの没年を調べてみました。
果たしてケイシーは、筆者の生まれる三年前に死亡していることが分かりました。
したがって、この第二霊信の送信霊が、生前のエドガー・ケイシーであったとしても矛盾しないことになります。
そして、次の第三霊信で、次のような驚くべきことを告げてきたのです。
「あなたは、今語りかけている私が、エドガー・ケイシーを守護していたものと考えている。
その真偽を自分の中で晴らすため情報を集めた。
だが、そんなことをして何になる?だが、私があなたに「そうではない」と言えば、それは事実とは異なるものとなってしまう」
の送信霊は、言い回しから考えて、生前のケイシーを守護し、現在は筆者の守護をしていることを認めています。
つまり、この第三霊信の送信霊は、筆者の守護霊ということになります。
また、この結果、第一・二霊信の送信霊は、ケイシー霊ということになります。
ところで、問題は次の事実です。第二霊信は、2007年1月14日5時23分転送されています。
筆者がこれを読み、ケイシーについて情報を集めたのは同日の夜2「時頃でした。
そして、第三霊信は同日22時48分に転送されています。
つまり、この送信霊は、筆者の一時間ほど前の行動を指摘してきたことになるわけです。
もちろん、筆者がケイシーについて調べたことを霊信受信者M子さんは知りません。
また、彼女は、自分には透視能力がないと証言しています。
これらの事実を考え合わせると、第三霊信がM子さんの創作であるとすれば、彼女には透視能力があって、筆者の行動を透視した上で何故かそれを隠し、霊信の体裁をとって転送してきたことになります。
または、当てずっぽうの霊信を創作したのが、まぐれ当たりしたかです。
そうでないとすれば、そしてM子さんの証言を信じるとすれば、筆者の守護霊が、どこからか筆者の行動を見ており、このように告げてきたと考える外ありません。
結局、第七霊信に至って、送信霊は、やっと「私はエドガー・ケイシーである」と名乗りました。
さらに、
「何故今回の霊信で私が役割を担ったのか説明しよう。私はより新しい意識である。それにより、あなた方に近づきやすい状況を作り出すことができる。そして、より明確に情報を伝えることができる」
と送信してきた理由を告げています。
 
(つづく)

2011年12月3日土曜日

筆者に起きた超常現象その4の1

これまで筆者に起きた超常現象を三つ紹介してきました。
時系列で整理すると
①2005年6月半ばに里沙さんにヒーリング能力があらわれる、②2006年8月末に筆者にヒーリング能力があらわれる、③2006年12月末に里沙さん守護霊の憑依実験
という順序になります。
つまり、2005年6月4日の「タエの事例」セッション以後、立て続けに超常現象が起こるようになったのです。
そして四つ目の超常現象が2007年1月11日~2007年2月14日まで毎夜送られてきた筆者あて霊信でした。

(1) 霊信とおぼしきもの
筆者に起きた四つ目の超常現象は、筆者あてに守護霊団を名乗る霊からの通信が一か月にわたって届くという信じがたいことが起きたことでした。
里沙さんの憑依実験をおこなった直後の2006年の年末に、筆者の2006年5月出版『前世療法の探究』の読者から読後の感想メールが届きました。
東京在住で26歳の派遣社員をしているM子さん(仮名)からでした。
二通目のメールでは、彼女は、幼少の頃から霊的存在とコンタクトが取れる霊媒体質の持ち主であること、友だちに依頼されては霊と交信(チャネリング)し、依頼内容の回答をもらっているということが、控え目な文体で書かれていました。
筆者がそうした霊的な現象には抑制的な態度をとっていることに遠慮して一通目には書けなかったということでした。
里沙さんの憑依実験直後のことでもあり、筆者は好奇心に駆られて、「できたら、私についてチャネリングしてもらえませんか」という返信メールを年明けの2007年1月11日の夜に送りました。
これがきっかけで、M子さんの言葉を信じるとすれば、霊からの通信だとされるものが送られて来るという超常現象が始まったのです。
チャネリングを依頼したその1時間後に、霊からパソコンによる自動書記の通信があったということで、 その自動書記とされる文章が転送されてきました。転送日時は、2007年1月11日22時44分となっています。
この第一霊信とされる全文を次に紹介します。
なお、筆者あて全霊信はこのブログに紹介済みです。
通信文の中で「あなた方」とは筆者とM子さんおよび人間全体、「あなた」は筆者を指しています。「私」とは送信者らしき霊自身のことを指しています。
また、これ以後、霊からの通信だとされるものを「霊信」、「霊とおぼしき存在」を「霊」と表記していきます。
「 ここであなた方が出逢うことには意味がある。
あなた方は、その真の意味をまだ手にすることはできない。悟りという実はまだ熟していないのだ。
その悟りは、言葉で理解するものではない。あなた方は体感し、そして、魂で感じてゆく。
そして、その悟りがすべてが始まるときからあなた方に「在る」ものなのだと思い出す。
あなたはより多くのものを求めようとしている。だが、あなたが「今という瞬間」に得るものは一つなのだ。
すべてははじめから用意されている。
その一つ一つが何なのか、それを踏まえながらあなたは進みなさい。
あなたの真の目的は、誰もあなたに告げることは許されない。
なぜなら、あなたの魂がそれを決めたからだ。
あなた自身が、その目的を思い出すのだ。現段階であなたに告げられている使命という目的は、「人を癒すこと」である。
それをあなた方の世界でわかりやすく説明するならば、「外的目的」と表現すれば理解を得やすいだろう。
「外的目的」は、あなた以外の他者のためにあなたが決めた目的だ。何を方法にして人に奉仕していくか、そしてすべてとの繋がりを持つか。
その手段をあなたは選んだ。
あなたの場合、それは医学的知識を応用させながら自らの判断をより明確なものとし、ヒーリング能力も一手段としてより多くの人に「癒し」という愛を与えるというものだ。
だが、内的目的は他者のためのものではない。
それは、あなたの魂へのものだ。
あなたは、これまで数多くの過去世を通して学んできた。
どのように優れた能力を持つ者も、魂に癒すべき傷を持つ。
あなた方はこの世界に存在する限り、自分の魂の傷を癒さなければならない。
それは強制ではなく、義務でもない。言葉の表現では明確にその意味合いを伝えることが出来ない。
ニュアンスで理解するものである、と表現すれば分かりやすいだろうか。
何故あなた方が自分の魂の傷を癒さなければならないのか、そして何故魂に傷を負うのか。その仕組みはあなた方には理解できないものである。
魂の傷、そしてその癒しは、すべてその魂によって引き起こされる。
あなた方は理解できないだろう。
どのように悲惨で、辛い死も自らが選択したものであると受け入れられないであろう。
あなた方はこの世界に存在する限り、どんなに求めたとしても理解を手にすることはできないのだ。
真理は、「生」の状態にいる限りは得ることができない。
だが、人は真理を求める。それは死を迎えると同時にどのような人間にも与えられるものなのだ。
人は誰もが真理を得るということを忘れている。
そして、真理はすべてであり、それを一つにまとめるにはあまりにも言葉は無力である。言葉は道しるべでしかない。
あなたは、自分が真理を求めることが目的なのだと間違えないようにしなさい。
それは、誰もが与えられるものであり、生きている間は得られないものである。
あなたが決めた「内的目的」は、あなた自身がまだ距離感さえもつかめていないものである。
今のあなたには、それが何なのか憶測もできない。
今のあなたに必要なのは、あなたの魂にとっての「目的」があるのだと理解することである。
その目的を通し、あなたは魂の傷を癒すのだと理解しなさい。
今、あなたに語りかけている私が誰なのか、あなたには分からない。
そして、M子も私が接触しながらも誰なのかが分からないでいる。
私は、あなた方を繋げるものである。
これまで私があなた方両者に接触を持ったことはない。
私は神ではない。
あなたは、自分のヒーリング能力に対して、より多くの理解を持たなければならない。
なぜなら、それはあなたにとっても他者にとっても、時と場合によっては「癒し」とは相反するものを与えるものになりかねないからである。
あなたが癒す対象者の疾患等を「負」のエネルギーとする。それをあなたが癒すとしたら、そのエネルギーはどこに向かうものなのだろうか。
あなたが、癒しを起こすとき、多くの高級霊が治療霊としてあなたのもとに集まる。
だが、それは能力を最大限に引き出しても、あなたの体の疲労を消し去ることはできない。
あなたの身体的なエネルギーをコントロールするのは、あなた自身である。
それはヒーリングとは別のやり方で解消するべきものである。
あなたはイメージし、そのエネルギーを消すことができる。
あなたはある人数の治療をこなす。あなた自身はどの程度で「負担となる疲労」が生じるのかが判断できないであろう。何故判断できないのか、それは癒しを起こす上で、体内のエネルギーの流れが、通常の意識で起こるものとは異なるものであるからだ。
どのように変化するのかは、あなたが実際自己観察した方が理解しやすいものである。
「負担となる疲労」とは 、あなたの体内にもともとあるべきではない「あなたの体内に入り込んだもの」を浮上させる。
例えるならば、血液中や内臓、それらに溜まった体内には不要なものの流れや動きも、通常の状態とは変化させるものである。
これらの詳細の説明をあなたがもし求めるならば、M子が現段階より深い意識で私に接触する環境でなければならない。
今の彼女の意識では、適切な言葉を集めることは困難である。
あなたがそれらの「負のエネルギーの要素」を消すために、ヒーリングをおこなった日は必ず自分の体を浄化しなければならない。
瞑想しながら、へそに両手を当て 「へそを中心として光が体中に広がる」というイメージをしなさい。
体を持つ限りはあらゆる制約が生じる。
食物、空気、衣服、あらゆるものを通し、「負の要素」となるものは体内に取り入れられる。
そのわずかなものさえも、原因になりかねないものなのだ。
あなたは、ヒーリングをおこなう際に自己管理を徹底しなければならない。
そして、あなたの探究心の方向性について語ろう。
今後あなたは自分の思うままに前進するべきであり、そのためのこれまでの道のりであった。
あなたは、自分の直感を通し、「知るべき知識」を模索していく。
あなたが求めるものは国内に留まらず、その範囲は他国へと広がる。
そのための手段を徹底するために、英語力を向上させなさい。
今、あなたに私が伝えるべきあなたへのアドバイスは以上である。
これより先は、私ではなく別の者が続きを語る。
私は、M子を守護するものの一つであり、これまで彼女の「心」を管理していたものです。
人は、私のような存在をいまだ表現したことがありません。
彼女が無知なためではなく、言葉が存在しないために私という存在を明確に表現することができません。
今日、彼女に伝えたことをあなたにもお伝えします。
彼女の魂を形成するにあたり、神はある計画をされました。
彼女の魂は人としての要素、そして自然としての要素、精霊としての要素、そして高級霊としての要素、あらゆるものの霊性を含んでいます。
そのために、彼女の霊性としてのアンテナは多様性を持つのです。
神は、彼女にある計画を与えました。
それを彼女も知りたいと望みました。
その計画が成されるかどうか、そして成されたかどうかを知る者は幸いです。
それは神のご意志であり、これから始まる大きな計画の始まりでもあります。
あなた方は死後、それを見つめるものとなるでしょう。
あなたは、今世で魂の癒しという旅を終えます。
あなたにとって、これが最後の生まれ変わりとなります。
それはもう、すでに決められたものであり、あなた方と神との計画でもあります。
彼女は、すべてを繋ぐ一点の光なのです。
その一点がなければすべては繋ぐことはできません。
そして、その光を灯すのはあなたの役割です。
M子はまだ、完全には覚醒していません。
彼女の魂の真の霊性を発揮させるための光を、あなたが灯すのです。
その方法は、あなた自身が直感で理解しているものです。
それをM子に提案しなさい。
それに対し恐れを感じるのは、M子の魂のある部分です。
その魂は、これまで誰の言葉にも耳を貸そうとしませんでした。
あなたを通じ、M子は傷に接触することが可能となります。
そして、あなた自身にもその傷は関係しています。
あなた自身が、そのことを思い出すのはM子が覚醒した後となるでしょう。
彼女は生き急いでいます。それは、彼女がこの先に起こるあらゆるものを直感として感じ取り起こす感覚でもあります。
ですが、彼女自身が憶測するよりも時間は猶予があります。
彼女はそれまでに覚醒しなければなりません。
あなたは、彼女の通った道を眺める立場となるでしょう。
彼女が進むべき道は、まだ明かすことはできません。あなた方が憶測するものは適切ではありません。
ですが、それは進むにつれ明らかなものとなるでしょう。
一つ、あなたの過去世について語りましょう。
これは、直接私が伝えているものではなく、あなたを守護するものの一人が私を通し語るものです。
あなたはその過去世で医師でした。
だが、あなたは多くの患者を死なせてしまったと自責しました。
だが、救いたいという望みも同時に残りました。
後悔とともに望みは残ります。
どちらか一つでは存在することはできません。
あなたが今、このような方法で人を救う道をたどるのは、直接的に医師として癒すのではなく、間接的な立場から癒すという方法を始まりとして選んだからです。
そして、あなたのヒーリング能力の覚醒は、あなたが直接的関わることを魂が受け入れたために起こったものです。
あなたが何故ヒーリング能力を持つのか、それはあなたが理解しているよりも深い意味があります。それを少しずつ理解していくのです。
あなたを守護するものが直接あなたへと語りかけるには、まだ時間があります。ある流れに沿って、一つ一つ用意されたものをあなた方は受け取ります。あなたが必要なとき、彼はあなたに言葉を贈るでしょう」
M子さんの言葉を信じるならば、この第一霊信を皮切りとして、2007年2月14日までの約一か月の間に、立て続けに22回、A四用紙にして83枚分のパソコン自動書記による霊信が、ほぼ毎夜または、夜明けに送信されてくることになったということです。
一回の霊信平均枚数は5枚弱ということになります。彼女は受信が終わると即、筆者へ転送しているということでした。
さて、里沙さんの守護霊との対話実験で、筆者のヒーリングエネルギーが治療霊から送られてくると告げられた直後に、同様に通信霊らしき存在から「あなたが癒しを起こすとき、多くの高級霊が治療霊としてあなたのもとに集まる」と告げられるという符合は、単なる偶然にしては話が出来すぎていると思われました。
しかも、ヒーリングについての注意事項を細々と告げています。
もちろん、M子さんには、霊との対話実験についての話は一切していませんから、彼女は何も知らないわけです。
「タエの事例」との遭遇、その後の「霊との対話実験」以前の筆者であれば、こうした霊からの筆者宛通信とされるものなど一笑に付して真面目に受け取ることはなかったでしょう。
しかし、海外のいくつかの霊信を読み、そうした霊的存在らしき何かを認めざるをえない直接体験をしたことで、検証抜きに否定もしないが鵜呑みにもしない、という判断留保の態度こそ柔軟かつ、公正であろうと思うようになっていました。
この筆者宛の霊信とされるものの真偽について考えうる可能性は、M子さんの創作、通信霊の実在、の大きく二つだろうと思いました。
そこで、霊信内容で真偽の検証可能なことは努めて検証にかけ、その真偽を確かめてみることにしました。
次回から、その検証結果を述べてみたいと思います。
(つづく)

2011年12月2日金曜日

筆者に起きた超常現象その3の5

(その3の4)のつづき
(5)スピリチュアリストへの道
前ブログで、筆者は霊現象についてはまったく無関心で生きてきたと述べました。 
しかし2006年8月末、自分自身に突如ヒーリング能力があらわれ、その説明は霊界と治療霊の存在抜きには(霊的真理抜きには)考えられない事態になってきたように思われました。
そして、ヒーリングの諸改善効果という「動かぬ証拠」の報告を受け、ようやく「霊的真理の初歩段階」を卒業しかけているいるのではないかと感じています。
やはり人間は、最後は自分自身の直接体験に、科学的説明が不可能であろうとそれを越えて確信させる、自明の真実性を認識すると言わざるをえません。
交霊能力のあったスピリットヒーラーであるハリー・エドワーズは、高級霊界が霊的治療によって地上の人々を霊的覚醒に導く計画であることを知っていたと言います。
(ハリー・エドワーズ著、梅原隆雅訳『霊的治療の解明』国書刊行会)
里沙さんの守護霊が伝えてくれた、「人を救うという計画」という語りがそれを指しているとすれば、「人を救う道に進むという神との約束を果たす時期が来た」筆者は、前世療法とヒーリングを道具に、人のお役に立つ道に進むような流れに沿って動いているのかも知れないし、その流れに任せてみようと思い始めたのです。
そして、これからの自分が、前世療法とヒーリングを与えられた道具として役立たせる道を実践していくことができれば、ヒーリングの謎も守護霊の語りの真実性も、おのずと開示されていくのではないかと思いました。
また、そうした開示がされないにしても、生まれ変わりの科学的探究の道を愚直に進む過程で、懐疑的な態度を転換し、霊的現象をありのままに認めていくようになっていくのではないかと思われました。
2009年5月9日におこなった「ラタラジューの事例」の逐語録をこのブログで公開しています。
そのセッションの冒頭で、里沙さんの守護霊に憑依していただき、これからおこなおうとしている応答型真性異言の実験セッションが、霊界の霊的真理啓発の計画のうちに組み込まれていることを確認しました。
つまり、退行催眠中に起きた応答型真性異言は世界でわずか2例であるにもかかわらず、これから呼び出すラタラジュー人格が、ネパール語で応答的に会話することを、里沙さんの守護霊は直前に予言したということです。
果たして、予言どおり前世人格ラタラジューは、ネパール人女性対話者カルパナさんと、24分間にわたるネパール語による会話をおこないました。
この会話分析結果と、話者里沙さんがネパール語を学んだ形跡が皆無である検証結果もブログに公開してあります。
筆者は自信をもって、「ラタラジューの事例」は、世界3例目の催眠中に起きた応答型真性異言事例であると断言できます。そして、生まれ変わりは科学的事実である、と宣言します。
こうして、筆者は、「ラタラジューの事例」との出会いにより、守護霊の実在と生まれ変わりの事実をはっきり認めざるをえなくなったということです。
このことは、霊との交信の実在、霊の実在、生まれ変わりの事実など霊的真理を認めるスピリチュアリストへの道を歩き始めたという明確な自覚を持ったということです。

2011年12月1日木曜日

筆者に起きた超常現象その3の4

(その3の3からのつづき)

(4)モーゼスの霊訓との照合

こうした催眠による里沙さんへの憑依実験の前後から、筆者の関心は、宗教思想であり霊の科学でもあるスピリチュアリズムへと必然的に向かわざるをえないようになっていきました。
「タエの事例」に出会う前の筆者は、「霊信」という用語さえ知らない霊的現象に対して全く無関心な人間であり、死後存続や霊の実在については、一切関わりを持たないで人生を過ごしてきました。
当然のことながら、霊現象との接触体験や、霊を感知したりする能力などは一切ありません。
こうして、筆者の脳裏に思い起こされたのは、霊信現象についての情報収集として読み始めたスピリチュアリズムの聖典『モーゼスの霊訓』にある次の一節でした。
「霊界より指導に当たる大軍の中にはありとあらゆる必要性に応じた霊が用意されている。(中略)
筋の通れる論証の過程を経なければ得心のできぬ者には、霊媒を通じて働きかける声の主の客観的実在を立証し、秩序と連続性の要素をもつ証明を提供し、動かぬ証拠の上に不動の確信を徐々に確立していく。
さらに、そうした霊的真理の初歩段階を卒業し、物的感覚を超越せる、より深き神秘への突入を欲する者には、神の深き真理に通暁せる高級霊を派遣し、神性の秘奥と人間の宿命について啓示を垂れさせる。
かくのごとく人間にはその程度に応じた霊と相応しき情報とが提供される。
これまでも神はその目的に応じて手段を用意されてきたのである。
今一度繰り返しておく。
スピリチュアリズムは曾ての福音の如き見せかけのみの啓示とは異なる。
地上人類へ向けての高級界からの本格的な働きかけであり、啓示であると同時に宗教でもあり、救済でもある。
それを総合するものがスピリチュアリズムにほかならぬ。(中略)
常に分別を働かせねばならぬ。
その渦中に置かれた者にとっては冷静なる分別を働かせることは容易ではあるまい。
が、その後において、今汝を取り囲む厳しき事情を振り返った時には容易に得心がいくことであろう」
(近藤千雄訳『霊訓』「世界心霊宝典」第一巻、国書刊行会)
インペレーターと名乗る高級霊からモーゼスあてに通信されたこの霊信に、紹介した超常的現象を引き当てて考えてみますと、この引用部分は筆者に向かって発信された啓示であるかのような錯覚すら覚えます。
インペレーターが説いているように、前世療法にとりかかる前の筆者は、「筋の通れる論証の過程を経なければ得心のできぬ者」のレベルにありました。
だから、「秩序と連続性の要素を持つ証明を提供し、動かぬ証拠の上に不動の確信を徐々に確立していく」ために、「動かぬ証拠」として「タエの事例」をはじめとして、ヒーリング能力の出現などの超常現象が、霊界から私に次々に提供されているような気がしていました。
そうした直感の真偽を確かめるために、里沙さんの守護霊に尋ねてみるという憑依実験を試みたわけです。
その結果と検討・考察は、これまで述べたとおりです。
この検討・考察は「常に分別を働かせねばならぬ」と言う高級霊インペレーターの忠告に従っていることにもなるのでしょう。
そして、分別を働かせた結果の帰着点は、霊と霊界の存在を排除しては説明できないのではないかということでした。
かつての筆者の立場では、例えばヒーラーと称する人々のヒーリング効果の解釈として、プラシーボ効果であるとか、暗示効果であるとか、信念の心身相関による効果であるとかの知的・科学的説明に躍起となって、それを公正な態度だと信じて疑わなかったと言えます。
(つづく)