2013年6月29日土曜日

SAM前世療法の成立 その3

2006.12.22 里沙さんの守護霊の憑衣実験
 2006年12月22日夜、里沙さんにお願いして彼女の守護霊との直接対話実験をさせてもらいました。
深い催眠中に中間世へと導き、そこで彼女の守護霊を呼び出して憑依してもらい、私が直接対話するという実験は、「タエの事例」で紹介してあるとおりです(拙著『前世療法の探究』PP166-176)。
深い催眠状態において、霊的存在とおぼしきものが偶発的に憑依するという現象は、ブライアン・ワイス『前世療法』PHP、の「キャサリンの事例」に記述されています。
ワイスは、そうした高級霊とおぼしき存在をマスターと呼んでいます。
偶発的にマスターと呼ばれる高級霊の憑依とおぼしき現象が生じるならば、意図的にも憑依現象は起こせるのではないか、という着想から、「タエの事例」において、初めて、被験者里沙さんの守護霊(偉大な存在者)の憑依実験をおこないました。
果たして、約30分にわたる私と守護霊との直接対話が成功したのです。
この意図的憑依実験を再度おこなおうというわけです。
その理由は、次のような四つの質問の回答を得るためであり、憑依現象の真偽の検証を試みるためでもありました。
①タエの事例は、偶然語られたものか、何かわけがあって語られたものか?
②私に突如あらわれたヒーリングのエネルギーは、どこから送られてくるものか? その治療エネルギーが私にあらわれた理由が何かあるのか?
③スピリットヒーリング能力のある者は、たいていは霊視などの霊能力を持っているが、私のエネルギーがそうであるなら、なぜ私に霊能力がないのか?
④私の守護霊の素性が分かるならその名を教えてもらえないか?
この憑依実験は、里沙さんの知人からの依頼で前世療法を実施した際、彼女が付き添いとして同行してきた機会を利用して実現したものです。
その知人のセッション後、彼女に再度の憑霊実験のお願いをしました。
実験前に彼女に伝えておいた質問内容は、前述②(私のヒーリングエネルギーの出所)のみでした。①③④の質問について彼女には知らせることを意図的に伏せて実施しています。
伏せた意図は、彼女に前もって回答を準備できる時間を与えないためです。
里沙さんに憑依したと思われる、彼女の守護霊とおぼしき存在との40分にわたる対話の録音を起こし、できるだけ生のままの語りの言葉を用いて、上記四つの質問に対する回答を要約してみると以下のようになります。
ただし、質問はこれ以外にもいくつかしていますから、それらの回答を含めて次の五項に整理し要約してあります。
①タエの事例は偶然ではありません。計画されあなたに贈られたものです。計画を立てた方はわたくしではありません。計画を立てた方はわたくしよりさらに上におられる神です。
「タエの事例が」出版されることも、新聞に掲載されることも、テレビに取り上げられることもはじめから計画に入っていました。あなたは人を救うという計画のために神に選ばれた人です。
②あなたのヒーリングエネルギーは、霊界におられる治療霊から送られてくるものです。治療霊は一人ではありません。治療霊はたくさんおられます。その治療霊が、自分の分野の治療をするために、あなたを通して地上の人に治療エネルギーを送ってくるのです。
③あなたの今までの時間は、あなたの魂と神とが、あなたが生まれてくる前に交わした約束を果たすときのためにありました。今、あなたの魂は大きく成長し、神との約束を果たす時期が来ました。神との約束とは、人を救う道を進むという約束です。その時期が来たので、ヒーリング能力も前世療法も、あなたが約束を果たすための手段として神が与えた力です。しかし、このヒーリングの力は万能ではありません。善人にのみ効果があらわれます。悪とはあなたの進む道を邪魔する者です。今あなたを助ける人がそろいました。どうぞたくさんの人をお救いください。
④神はあなたには霊能力を与えませんでした。あなたには必要がないからです。霊能力を与えなかった神に感謝をすることです。
⑤守護霊に名前はありません。わたくしにも名はありません。あなたの守護霊はわたくしよりさらに霊格が高く、わたくしより上におられます。そういう高い霊格の方に守られている分、あなたには、成長のためにそれなりの試練と困難が与えられています。これまでの、あなたに生じた困難な出来事のすべてがはじめからの計画ではありませんが、あなたの魂の成長のためのその時々の試練として与えられたものです。魂の試練はほとんどが魂の力で乗り越えねばなりません。わたくしたちはただ見守るだけです。導くことはありません。わたくしたちは魂の望みを叶えるために、魂の成長を育てる者です。霊能力がなくても、あなたに閃くインスピレーションが守護霊からのメッセージです。それがあなたが迷ったときの判断の元になります。あなたに神の力が注がれています。与えられた力を人を救う手段に使って人を救う道に進み、どうぞ神との約束を果たしてください。
里沙さんに憑依したと思われる、彼女の守護霊とおぼしき存在は、以上のようなメッセージを回答として伝えてきました。
そのときの語りの様子は、タエの事例で憑依実験したときと同じく、彼女の表情は能面様の全くの無表情に変化し、声は低音で、囁くような、抑揚のない、ゆったりと厳かな調子の、別人同様の声音に変化していました。
観察される限りでは、ふだんの里沙さんとは別人格の第三者が語ったように思われます。
憑依を解き、催眠から覚醒直後の里沙さんは、数分間話そうにも声が出ない状態になり、膝から下が冷え切って麻痺し、立ち上がれないという疲労の極みに陥っていました。
立てるようになるまで20分ほど休んでから帰宅しましたが、翌日になっても疲労は回復せず動けない状態が続き、三日目にやっと回復したという報告を受けています。
さて、これまで2005年6月4日の「タエの事例」セッション以後、里沙さんと私にあらわれた超常現象について紹介してきました。
このうち、超常能力出現については事実として認めざるをえません。
では守護霊とおぼしき存在者の語りはどうでしょうか。
語られた内容について、できるだけ公正な立場に立って検討・考察をしてみたいと思います。
ただし、この検討・考察は、自分にはスピリチュアリズムに関する知識・情報がない、という里沙さんの証言を前提としていることをお断りしておきます。
また、超ESP仮説(里沙さんが私の心も含め、地上のどのような情報にも自由にアクセスできる無制限なESP能力を持っているとする仮説)も、ここでは考慮外としています。
この憑依実験の分析と考察は、次回で述べてみます。
(その4へつづく)

2013年6月28日金曜日

SAM前世療法の成立 その2

2006.8.31 私に現れたヒーリング能力
2006年8月31日、私にもヒーリング能力があることが偶然発見されました。
以来、母親の股関節痛へのヒーリングに始まり、当時の同僚や知人たちに毎日一人以上はヒーリングを試し、効果の検証してきましたから、被験者の数は数百名になると思います。
肩凝りをはじめ腰痛・背中痛・五十肩・股関節痛・アトピ-性皮膚炎・椎間板ヘルニア・子宮筋腫の痛み、子宮腫瘍・心筋梗塞発作・喘息・花粉症、ふくらはぎ筋肉痛、大腸癌等に実施して改善効果の検証をしてきましたが、成績は良好です。
特に痛みの解消と血行改善には効果がみられます。
また、半信半疑で遠隔ヒーリングの実験を100件ほどしたところ、この成績も良好な結果でした。
これには私自身が驚いています。
現在のところ直接・遠隔両ヒーリングの改善率は80%超程度というところでしょうか。
もちろん、この中には「タエの事例」を語った里沙さんの、脊柱側湾症による背骨痛・腰痛の緩和が含まれています。
私のやり方は、左手のひら(左手のほうがエネルギーの放射感覚が強いようです)を約5分間患部に軽く当てるだけです。
当てると同時に、エネルギーを私にどこからか送ってくるであろう存在に対して、「この者に必要な最良の治療をお願いします」と念じますが、その後は精神集中などは全く不要で、テレビを見ようが会話をしようが一向に構わないのです。
ただし、このエネルギーは、私の意志によるコントロールは不能です。
向こう側からやってくるのにお任せというわけです。
クライアントは、懐炉を当てているような明らかに私の体温以上の熱感を感じることが多いようです。
また終了した後も一時間くらい温感が続く場合があると言います。
なかには、ヒリヒリした感じとか、もわもわした圧力やひんやりした風の感じ、あるいは頭頂部や指先までエネルギーが走る感じや、汗が出るのを報告するクライアントもいます。
また、エネルギーの放射能力を伏せて、相手の手のひらに私の手のひらを5センチ程度近づけても、熱感やヒリヒリ感、モワモワした圧力感などを感知すると報告しますから、これが暗示効果によるものでないことはほぼ明らかです。
計測不能の何らかのエネルギーが手のひらの中心辺りから放射されている事実は間違いないと思われます。
手のひらにも、きわめて微細な振動をしている薄い膜が張った感じがあり、その膜に熱を帯びたヒリヒリする感覚があらわれます。
私は、気功やレイキなどのエネルギー療法と呼ばれるものを見たことも、訓練したことも一切ありませんし、そもそもエネルギー療法については極めて懐疑的な立場でした。
せいぜい暗示効果ないし、プラシーボ効果によるものであろうと思っていました。
そういう懐疑的な自分に、ヒーリング能力が突如現れたことが何とも不可解で奇異な感じがしています。
容易には認めがたいのですが、これはひょっとすると、霊による治療、すなわちスピリットヒーリングが起こっているのではないかと思います。
それは、いわゆる「気」などの、見えない身体エネルギーによるヒーリングとは違って、自分が極度に集中する必要もなく、まったく疲れることもないということ、そして、遠隔治療においても効果があるからです。
さらに、霊が見えると主張する三名の人からは、私の背後に複数のよい霊が見える、あるいは感じると指摘されました。
デモンストレーションを見学した、やはり霊的な感受性があると主張する三名からは、手のひらから白い霧状の光の粒子が盛んに放射されているのが見えたという報告を受けています。
こういったことに実証性があるわけではありませんが、ありうることではないかと思っています。
しかも、3件の実験によって、国内ばかりでなく海外在住者への遠隔ヒーリングという時空を超える現象が瞬時に起こることも確認しています。
こうした唯物論的知識では説明できない超常現象を体験したことによって、この三次元世界とは別の次元の世界があることを認めざるをえないと考えるようになりました。
ただし、こうした私のヒーリング能力に関しては「二重盲検法(double-blind tesst)」を経ていないので、残念ながら科学的な実証があるという主張をすることはできません。
しかし、遠隔ヒーリングを施した、犬の左前足付け根の癌、猫後ろ足付け根と右目上の癌がそれぞれ消失、あるいは石灰化したという報告を受けています。
犬と猫の癌腫瘍の診断は獣医によって下されていますから、飼い主の素人診断ではありません。
犬と猫へのプラシーボ効果は排除できますから、私のヒーリング効果は、少なくとも、この犬と猫には実証できたと判断しています。
このようなヒーリング能力の発見(覚醒?)は、2006年、タエの事例を『前世療法の探究』として、春秋社から出版した直後に起きたことでした。
これがタエの事例以後起こった二つ目の不思議現象でした。
(その3へつづく)

2013年6月26日水曜日

SAM前世療法の成立 その1

私の創始したSAM前世療法は、第44類(心理療法・医学分野等)の登録商標として認められています。
SAMはsoulのS、はapproachのA、はmethodのMをあらわしています。
つまり、Soul Approach Methodという意味で、魂に接近する技法による前世療法というわけです。
前世の記憶にアクセスするのでなく、魂の表層を構成する前世の人格にアクセスする方法論による前世療法であることを明確に主張する名称です。
SAM前世療法が療法として、一応の定式化が完成したのは2008年です。
そこで、今回から、数回にわたって、SAM前世療法成立までの経過を紹介していくことにします。
2005年6月4日の「タエの事例」との遭遇以後、2009年5月の「ラタラジューの事例」に出会うまでの四年間に、被験者里沙さんと私には、それまでに全く体験したことがない超常現象が起こるようになりました。
そうした数々の超常現象の直接体験は、霊的現象や霊的存在の真偽に対して努めて判断留保という、私のそれまでの立ち位置の変更を迫ることになっていきました。
私が、生まれ変わりはもちろん、いかにして霊的現象や霊的存在を認めることへ軸足を移していくことになっていったか、そのことによって、前世療法と前世の記憶についてどのように考えることになっていったかの足跡の記録をこれから時系列に沿って綴っていこうと思います。
2005.6.4の「タエの事例」セッション直後、里沙さんに現れた超常能力
前世遡行に成功し「タエの事例」を語った2005年6月4日から一週間ほど経って、里沙さんの左腕が赤黒く変色するという異変が起こりました。赤黒い変色とともに重く怠いという自覚症状を心配した彼女は、医師の診察を受けましたが特に医学的所見はなく、経過を見ましょうということでした。
そうした中、ホタル見物に出かけ、舞っているホタルに向かって左手のひらを広げたところ、5~6匹ほどのホタルが左手のひらにとまったそうです。ホタルは羽根を休めて後、数分して飛び去りました。
この事実は同行した信頼に足る目撃者からの証言を得ています。
また、左腕の変色と重く怠いという症状はこの後消失したそうです。
この不思議な現象に出会った里沙さんは、タエとしての前世で、左腕を切り落とされたことが咄嗟に脳裏にひらめいたそうです。
そして、左手のひらから何らかのヒーリングエネルギーが放射されているので、衰弱したホタルがエネルギー補給のために飛んできたのではないかと直感しました。
そこで、ご主人や知人の腰痛・肩凝り・関節痛等にヒーリングを試したところ顕著な改善効果が確認されたのです。
このヒーリング能力は現在も続いています。
こうしたヒーリング能力の出現と同時に、二層のオーラとその色が見えるようになったと言います(ただし、強い輝きを放っている人の場合に限るとのこと)。
オーラの色については、目前の人だけではなく、その人を特定できる情報さえあれば、遠隔透視ができるようになったとも言います。
さらに、「生き霊や死霊(未浄化霊)が取り憑いていると、目前の人はもちろん、その人の名前・住所など本人が特定できる情報を聞いただけで、即座に悪寒・吐き気・頭痛など体調が悪化するという反応が起こるようにもなった」そうです。
厳密な検証実験をしたわけではありませんが、何らかの霊的能力が発現したことに疑いはないように思われます。
過去の文献にも、非常に深い催眠体験後、稀に透視など超常能力が出現したという報告があるのですが、どうやら里沙さんにも、「タエの事例」を体験したことを境に、そうした超常能力ないし、霊的能力が出現したことは、かなり信憑性が高いと判断しています。
これが「タエの事例」後に最初に起こった不思議現象でした。
(その2へつづく)

2013年6月12日水曜日

なにが生まれ変わるのか(魂の構成要素とはなにか)

私のSAM前世療法の「生まれ変わり」の概念は、これまで提唱されたものではないので、なかなか理解されにくいようです。
そこで、生まれ変わりの実証的研究者故イアン・スティーヴンソンの見解と、確信的スピリチュアリスト高森光季氏の見解を参考にしながら、私の「生まれ変わり」概念について考察してみます。
私の立場は、このブログのテーマにあるように、「生まれ変わりの実証的探究」です。
ただし、「魂」のように実測も計量もできない存在については、セッションであらわれた「意識現象の事実」の累積と、そこに確認できた共通項をもって「実証的探究」とする以外、現時点の探究方法はありません。
そうして、探究の結果、現時点で提示できる仮説としての生まれ変わりの定義は、「魂に包含される、魂の表層を構成する前世人格たちを含めた魂全体が、次の新たな肉体に宿ることをもって生まれ変わりとする」ということです。
また、魂表層の個々の前世人格たちは、互いの人生の知恵を分かち合い、死後も成長進化を続けているらしい。
こうして、魂表層を構成している前世人格たち全体の集合的意識も成長進化をしているらしい。つまり、魂は生まれ変わりを重ねながら成長進化を続けていくらしい。
こうした私の生まれ変わり概念は、奇抜のように思われるかもしれませんが、生まれ変わりの研究者である故イアン・スティーヴンソンの生まれ変わりの見解と共通するところがないわけではありません。
スティーヴンソンは、世界中の2000事例を越える生まれ変わりの可能性のある事例を精査した結果、次のように述べています。
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スティーヴンソンの見解
たとえ生きている人間の人格全体が何でできているかを知らなかったとしても、どの事例から得られた証拠をもとに考えたところで、人格全体が生まれ変わったと言うことはできないであろう。前世に由来する可能性のある人格の一側面に注意を向けることしかできないのである。(中略)
前世から来世へとある人格の心的要素を運搬する媒体を「心搬体(サイコフォ)」と呼ぶことにしたらどうかと思う。私は、心搬体を構成する要素がどのような配列になっているのかは全く知らないけれども、肉体のない人格がある種の経験を積み、活動を停止していないとすれば、心搬体は変化していくのではないかと思う。(中略)
私は、「前世の人格」という言葉を、ある子どもがその生涯を記憶している人物に対して用いてきたけれども、ひとつの人格がそっくりそのまま生まれ変わりうるという言い方は避けてきた。そのような形での生まれ変わりが起こりうることを示唆する証拠は存在しないからである。実際に生まれ変わるかもしれないのは、直前の前世の人格および、それ以前に繰り返された過去世の人格に由来する個性なのである。
スティーヴンソン・I 『前世を記憶する子どもたち』日本教文社,PP358-360
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上記のスティーヴンソンの見解は、とりわけ、人格全体が生まれ変わったということはできないという見解は、私がセッションで確認してきた「意識現象の事実」にほとんど符合しています。
私の現時点の生まれ変わり仮説も、人格全体が生まれ変わるとは定義できません。
そのような形で、つまり、人格全体が生まれ変わることを示唆する証拠は、「意識現象の事実」として確認できないのです。
スティーヴンソンの提唱している「心搬体」とは、いわゆる「魂」と同義です。生まれ変わりとは、前世人格で構成される表層を含めた「魂」=「心搬体」全体が死後存続し、次の肉体に宿ることと考えざるをえないのです。
ただし、私は、スティーヴンソンが「心搬体を構成する要素がどのような配列になっているのかは全く知らない」と述べているその「心搬体(魂)の構成要素」を、「表層部分」と「核」の二層構造になっているという仮説をもっています。また、魂表層は前世のものたちによって構成されているという仮説に立っています。
このことをさらに分かりやすく説明するために、高森光季氏のブログで提示されている下記の図によって考えてみます。
高森氏は、私の生まれ変わり仮説(魂の二層構造仮説)を、「多面体説」として次のようにな見解を提示しています。
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高森光季氏の見解
多面体説

  これは、魂なり霊なりは、Aという個人的存在を現世に生み出すが、Aは死後、魂や霊に付属して存在を続ける、そして魂や霊は、別のBという個人的存在を新たに世に生み出す、というものです。
 次の図は、時間軸に沿った変化として見てください。なんか雪玉ゴロゴロみたいな変な形になりましたが(笑い)。

 魂であるXは、A、B、Cという現世存在を次々に生み出していきます。A、Bは死後も一応の個別性を持ちながら、魂Xとともにあります。
 シルバー・バーチの「魂はダイヤモンドのような多面体であり、あなたはその一面なのだ」というような説や、稲垣勝巳さんの「人格は魂の表層のもの」という説は、おそらくこういうふうになるのではないかと思います。(ひょっとすると違うかもしれません。)
 
 さて、この構図で問題になることは、まず、「個別の人格は生まれ変わりをしない」ということになるということです。視点を個別人格に取ると、AはBに生まれ変わっておらず、AとBはCに生まれ変わっていません。AとB、A・BとCの間に「カルマ」などの受け渡しがあったとしても、それはAやBが生まれ変わったということにはなりません。
大円X(魂)の外周に、○A・○B(それぞれの前世人格)
 むしろ、「魂=Xは、次々に現世人格を生み出す」という方が適当であり、これを表現するには、生まれ変わりという言葉ではない新たな概念が必要とされるのではないでしょうか。
 もうひとつ問題になるのは、死後の「人格」の状態です。一番右の時点で、AとBは、どういう状態で何をしているのでしょう。一般的に、死後存続説というものは、単に「残る」ということではなく、「活動を続ける」ということを含意しています(古代ユダヤ教の「冥府での眠り」――復活を認めないサドカイ派の死後観――はですから死後存続説としては異常説です)。
 AとBがそれなりの主体性をもって活動していれば通常の死後存続説に属しますが、単に眠っているように魂にくっついていたり、ただCを見守る(あるいはメッセージを送る)といったことしかしていないのなら、それは死後存続説としてはかなり異常です。
 つまり、このような捉え方(あくまでこの図のような捉え方ということ)は、「生まれ変わりの否定」であり、場合によっては(死後人格の活動状態いかんによっては)、死後存続の否定にもなりかねないということになります。
(中略)
 死後存続研究者(たぶんデュカスだったと思います)が言った「死後存続については、どういう条件が満たされると証明されたことになるのか、まったく合意ができていない」という言葉と同様、「生まれ変わりについては、どういう条件が満たされると生まれ変わりが証明されたことになるのか、まったく合意ができていない」ということになっていると思われます。
 霊魂仮説を受け入れた人たちの間でも、「何が生まれ変わるか」「生まれ変わりの定義とは何か」についてすら、合意ができていないようです。
永遠なる自由――霊的哲学を求めて」より抜粋
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以下は、上記の高森氏の見解に対する私の見解です。

さて、上の図で誤解されやすいのは、大円X(魂)の外周に、○A・○B(それぞれの前世人格)が位置づけられていますが、私の概念では、○A・○B(それぞれの前世人格)は、「魂の表層」を構成している前世のものたちであって、それらのものたちは、魂の構成要素であるので、大円X(魂)・○A・○B(それぞれの前世人格)全体を含めて「魂」と呼んでいます。
さらに言えば、○C(現世人格)も、魂の表層に存在しており、この現世人格と前世人格たちを含めて、「魂の表層」なのだということです。
ちなみに、私の言う「魂」は、宗教的な意味は一切ありません。「肉体に入っており、死後肉体から離れて存続する意識体」というほどの意味です。
イアン・スティーヴンソンの提唱している「心搬体(生前の人格・記憶を保って死後存続する意識体)」と同様の概念です。

高森氏は、この多面体説では、「個別の人格は生まれ変わりをしない、ということになるということです。
視点を個別人格に取ると、AはBに生まれ変わっておらず、AとBはCに生まれ変わっていません。AとB、A・BとCの間に「カルマ」などの受け渡しがあったとしても、それはAやBが生まれ変わったということにはなりません。むしろ、「魂=Xは、次々に現世人格を生み出す」という方が適当であり、これを表現するには、生まれ変わりという言葉ではない新たな概念が必要とされるのではないでしょうか」という主張をしています。
一方で氏は、「霊魂仮説を受け入れた人たちの間でも、『何が生まれ変わるか』、『生まれ変わりの定義とは何か』についてすら、合意ができていないようです」とも述べています。
生まれ変わりの定義に合意がないのであるなら、この多面体説をもって「生まれ変わり」、つまり、表層の前世のものたちを含めた魂全体が、次の肉体に宿ることをもって、「個別の人格はそのまま生まれ変わりをしないが、それらを包含した魂全体が生まれ変わる」という概念であっても、なんら支障はないと私は思います。
端的に言えば、私の生まれ変わりの概念は、「魂全体が次の肉体に宿ること」を「生まれ変わり」だとしています。
そして、セッションで現れる意識現象の事実は、このことを支持していますから、これまでのスピチュアル霊学一般の見解に反するでしょうが、現時点ではそうと認めるしかありません。
つまり、里沙さんの場合、図の○Aがタエ、○Bがラタラジュー、○Cが現世の里沙、ということであり、このことをもって「生まれ変わり」をしていると私は呼んでいるということです。
多面体説が、「生まれ変わりの否定」になるという高森氏の主張は、氏の概念規定上の見解に過ぎないと思います。
氏が、生まれ変わりの概念に合意がないことを認めているにもかかわらず、生まれ変わりの否定になる、という主張は自己矛盾ではないでしょうか。

高森氏の「AとBがそれなりの主体性をもって活動していれば通常の死後存続説に属しますが、単に眠っているように魂にくっついていたり、ただCを見守る(あるいはメッセージを送る)といったことしかしていないのなら、それは死後存続説としてはかなり異常です」という主張は、セッションで現れる「意識現象の事実」に反しています。
前世人格AとBは、友愛を結びながらそれぞれの人生の知恵を分かち合い、それぞれ成長を続けている、というのがセッションで現れる意識現象の事実です。
けっして、「単に眠っているように魂にくっついていたり、ただCを見守る(あるいはメッセージを送る)といったことしかしていない」わけではありません。
そもそも、「魂にくっついている」という認識が誤りです。
くっついているのではなく、魂の表層を構成しているもの、したがって、魂そのものの構成要素です。
だからこそ、セッションにおいて、魂状態の自覚に至れば、タエやラタラジューが顕現化するわけで、彼らが「単に眠っているように魂にくっついていたり」しているわけではないことを、セッション証拠映像を検討すれば誰もが納得されるでしょう。

私は、「魂の多面体仮説」=「魂の二層構造仮説」の立証を、催眠を道具に用いて、セッションで確認できた「意識現象の事実」の累積から共通項を抽出する、という方法論で、これまでもやってきましたし、これからもやっていこうとしています。それ以外に「意識」の研究は方法がないと思うからです。
そして、現時点で確認できていることは、AとBとCが同じXに属するものである、という意識現象の事実です。
魂の多面体仮説に基づくSAM前世療法は、こうしたことを探究する有用な道具だろうと思っています。
そして、これまでの探究において、「多面体仮説」=「二層構造仮説」を否定する意識現象の事実はあらわれていないということです。
長々と「生まれ変わり」についての考察を述べてきました。
私の見解は、SAM前世療法の臨床から得てきた知見です。
スティーヴンソンの見解は、前世を記憶する子どもたちの検証から得られた知見です。
高森氏の見解は、過去の「シルバーバーチの霊言」に基づくスピリチュアリズム論的展開です。
ただし、私の生まれ変わり仮説=「魂の二層構造仮説」は、2007年1月23日の私あて第12霊信によって告げられた内容です。(注:私あて全霊信はこのブログで公開してあります)
そして、なぜ私に、過去のスピリチュアリズム霊信にはない、魂の二層構造のような詳しい情報が告げられたのか、という通信霊への問いに対して、2007年1月27日の第15霊信で次のような回答が告げられています。
「尋ねるまでもない、あなたに与えられるべきものが与えられたのだ。そしてこれまでのものたちに与えられるべきものが与えられたのだ。すべては神の計画によっておこなわれている。そして、それら(注:過去のスピリチュアリズム霊信)は誤りではない。それらの霊媒がそう受け取っただけなのだ。それは、真理において生じる矛盾ではなく、言葉の類似性により生まれた適切ではない表現となったものである。それは、そうあるべきであっただけだ。そして、あなたにとってもそうである。あなたには、与えられるべきものが与えられたのだ」
果たして、通信霊の告げた「魂の二層構造」は真理であるのか、それを作業仮説とし、その仮説検証の過程で生まれた前世療法が、SAM前世療法というわけです。