2013年8月29日木曜日

SAM前世療法の成立 その22

SAM前世療法のプログラムにおける守護的存在とのコンタクト
またまた、SAM前世療法にあらわれる科学的検証の不可能な意識現象の事実の報告です。
SAM前世療法の最終プログラムは、前世人格との対話が終結したあとで、守護的存在とのコンタクトを試みます。
魂状態のなかで、自分の守護霊に向かって、
「どうぞ降りてきて対話してください」
とクライアントに祈ってもらいます。
そうすると、魂状態の自覚に至ったクライアントの約80%に、守護的存在とのコンタクト現象があったという報告を受けています。
①様々な色の光として守護的存在を感知する場合。
②白い衣服をまとった人間的姿で感知する場合。
③姿は感知しないが、気配として感知する場合。
およそ上記の3通りの感知が報告されています。
そうした感知された対象に向けてテレパシーで問いかけるとテレパシーで返答が返ってくるといいます。
ただし、その返答は具体性を欠き、抽象的な、誰でも言いそうな内容がほとんどであるようです。
曰く、
「あなたの望む方向に進むとよろしい」
「自分の胸に手をあてて考えればおのずとこれからの道がみえてきます」
というようなメッセージがほとんどです。
コンタクト現象の共通項は、感知できた対象が、高貴な印象を帯びており、あたたかな被護感に包まれることです。
また、コンタクトは起きたけれども、メッセージは何もこなかったということもあります。
しかし、稀ですが次のような、メッセージにおける守護的存在の予言が的中したという報告もあります。
ただし、偶然の一致かもしれません。

先生、セッションをありがとうございました。
ちょっとしたご報告なのですが、
あのセッションの翌日、
結婚が決まりまして、
仕事も辞めて欲しいとのことで、
今は、専業主婦ぁw)€ナす。
仕事一筋、キャリアウーマン道まっしぐらでこれまできました。
仕事を辞めるなどと、考えた事がなく
自分でも信じられないような事なのですが、
守護霊様に言われた通りになりました。
翌日にガラッと変わり、驚きました。
また、守護霊様に対面していなければ、
今の状況を受け入れられる心ではなかったと思います。
先生にお会いしたのは、
必然だったようです。
彼は、海外で金融関係の会社を経営しており、
経済的にはなにも心配しなくて良い。と
の事で
今まで私の歩んできた人生とは真逆の
状況に今はおります。
守護霊様が伝えて下さったテレパシーによるメッセージが
私には、はっきりわかりましたので
(言葉には訳せませんが)
このような状況も
受け入れる事ができました。
ありがとうございました。
 
私は、クライアントと守護霊の対話の試みが始まると、5分ほどセッションルームを退出します。
私の座っている椅子に、守護的存在が降りてきたという報告を数多く受けているからです。
そこで、クライアントと守護的存在との神聖な対話を乱したくないと思うようになったからです。
ましてや、クライアントと守護霊との対話に口を挟むことは、セラピストとして僭越な行為だと思っています。
したがって、神聖な対話時間を保証するために、対話中は席を外します。
そして、私の退出中にセッションルーム内でラップ音が聞こえたという報告は稀ではありません。
私も確かに、壁の中だと思われる個所、私の座っていた椅子のあたりから、ノック音やスプリングのたわむ音らしきものを聞いています。
ちなみに、クライアントの横たわるカウチ(安楽椅子)の位置は、道路を挟んで正面になる冨士浅間神社の拝殿に祀られているご神体(銅鏡)から南真正面の位置になっています。
そのように意図してカウチを設置したわけではありません。
霊感の強い複数のクライアントから、足の方向(北)から清浄な気が流れてきます、という指摘を受け、気づいたということです。
これも偶然の一致かもしれません。
前記事で真っ白なツバメを目撃したという報告をしました。
しかし、その後、姿を目撃できませんでした。
ひょっとして幻覚かもしらん、あるいはセキレイを見間違えたかもと自信がゆらいでいましたが、本日15分間飛翔する姿を再確認できました。
長径100m、短径50mほどの楕円軌道上を何回も飛翔していました。
もしも、白ツバメを自分の目で見たいという殊勝な方が見学においでになっているとしたら、申し訳なく思っていました。
8月28日、11:40~11:55、 岐阜県美濃加茂市文化会館前の木曽川右岸堤防道路が目撃地点です。

(その23につづく)

2013年8月20日火曜日

SAM前世療法の成立 その21

生まれ変わりを示す不思議な符合現象
このところの記事は、科学的検証の俎上にのぼらない浄霊作業やら、魂へのヒーリング作業やら、未浄化霊の憑依現象やらの連続で、本ブログの掲げる「実証的探究」が、看板だおれの様相を帯びてきています。
「科学的実証」に期待してアクセスしてくださっている読者のみなさんのお叱りを甘んじて受けますので、どうぞご海容ください。
そして、今回記事もとてもとても科学的検証の不可能な事例で、しかし、興味深い不思議な符合現象ですので紹介したいと思います。
読者の皆さんのなかに、真っ白なツバメを目撃した人はおいでになるでしょうか。
私は、昨年と、今年のつい先日、たった1羽だけですが、真っ白なツバメの飛翔している姿を確認しました。
昨年の8月ころに見たときは、背中部分にだけ薄い黄土色が混じっていましたが、今年はそれが消えて全身真っ白になっていました。
目撃できる場所は、岐阜県美濃加茂市木曽川右岸堤防道路の美濃加茂市文化会館前付近です。
毎日午前中に、この付近を採餌行動のため数十羽のツバメが飛び交います。
そのなかの1羽に真っ白なツバメが確認できるというわけです。
昨年目撃したときは、白いツバメは外敵からは狙われやすいし、仲間からも孤立しやすいだろうし、突然変異のアルビノは個体として他より弱体だろうし、ずいぶん生きにくいだろうなと妙に同情したことを憶えています。
私が、教員時代も現在も、マイノリティであり続けているので、同様にマイノリティである白ツバメと自分とを重ね合わせ、感情移入しているのだろうと思います。
来年も、生き延びてやってくることは無理ではなかろうかと心配をしながら、昨年9月の終わりに、白ツバメとの別れをしました。
私は、家を空けているとき、本降りの雨のとき以外は、毎日午前中に、木曽川右岸堤防道路を往復14Km自転車を漕ぐことが、教員退職以後5年間の習慣になっています。
今年もあの白ツバメはやってくるのだろうか、と毎日観察をしながら過ごしていました。
そしてつい最近、真っ白に変化した白ツバメをついに目撃しました。
吉兆か。
その目撃した日の午後のSAM前世療法セッションで、不思議な符合現象が現れたというわけです。
クライアントは、40代後半の男性でした。B氏としておきます。
このB氏の主訴は、現在の自分の生き方にもっとも影響を与えている前世人格の存在を知り、そこから、これからの生き方の気づきを得ること、でした。
例によって魂状態の自覚まで催眠遡行し、そこで現世にもっとも影響を及ぼしている存在として魂表層から顕現化したものは、なんと守護霊としての前世のものでした。
しかも、B氏の前世のものである守護霊は、現世の知人40代女性Aさんの前世のものである守護霊と、霊界において知り合いであったというのです。
そして、両守護霊は、現世で、Aさん、B氏として生まれ変わり、再会し、互いにスピチュアルな話題や困りごとの信頼できる相談相手になっているということでした。
これだけの話ならば、B氏の前世のものである守護霊なんぞ、B氏のそうあってほしいという願望が投影された架空の存在だろうと一蹴されてしまいそうですが、事情は複雑なのです。
実は、B氏のセッションの1週間前に、AさんもSAM前世療法のセッションを受けているのです。
そして、Aさんも、B氏とともにした前世として守護霊時代があり、B氏の前世である守護霊とは霊界で、旧知の間柄であると語っていたのです。
このAさんの主訴の一つが、非常に信頼でき尊敬できる相談相手のB氏とともにした前世があるのなら、それを知りたいということでした。
そうして、この主訴に応じて魂表層から顕現化したものが、Aさんの前世である守護霊であり、B氏の前世にも同じく守護霊時代があり、ともに守護霊どうしであった前世時代に互いに知り合いであったというのです。
これを語ったAさんが非常に驚いたことは言うまでもありません。もともとスピリチュアルな事柄に強い興味があり、人のお役に立ちたいという願望から公務員を選んだという自分が、まさか信頼するB氏とともに守護霊時代をともにし、現世で再会しているということは、あまりにも信じ難い内容であったからです。
Aさんは、こうした自分のセッション内容を一切伏せて、B氏に私のSAM前世療法のことを話したところ、これまたスピリチュアルなことに関心と造詣の深いB氏が、Aさんのセッションの1週間後に私のセッションを受けにおいでになったというわけです。
Aさん、B氏のそれぞれのセッションで語られた、それぞれの前世である守護霊時代から旧知の間柄であったという語りは完全に符合しています。
しかも、Aさんの報告を信用すれば、B氏はAさんのセッション内容を全く知らないにもかかわらず、Aさんのセッションで語られた内容と、完全に一致する内容を語ったことに間違いはありません。
ブライアン・ワイスの著作にも、全くの赤の他人どうしが、全く同様の前世記憶を語り、それをもって生まれ変わりの証拠だとしている記述があります。
ただし、この場合の二人の前世は人間としての前世でした。
このAさん、B氏の場合には、すでに知り合いどうしであって、全く赤の他人という間柄ではありません。
したがって、Aさんが自分のセッション情報を事前にB氏に漏らし、それの情報に合わせてB氏が作話しているという疑いが排除できません。
しかしながら、Aさん、B氏に確認したところでは、両人とも情報漏れについて、きっぱり否定しています。
とすれば、この事例も生まれ変わりの証拠として採用したいところですが、両人の前世が守護霊であったということが、ムムッと考えてしまうのです。
いったい、生まれ変わりを卒業しているはずの守護霊が、ふたたび人間に生まれ変わるようなことがあるのでしょうか。
私あて第9霊信に次のような内容があります。
守護霊とは、生まれ変わりを経験したものであり、今後生まれ変わるものや生まれ変わりを必要としないものである。
この文言を信頼し、文字通り受け取れば、守護霊の中には、その後にも生まれ変わるものが存在することになります。
つまり、現世の前に守護霊であったという前世が存在しても、矛盾しないということでしょう。
実際、これまで、前世としての守護霊が顕現化した事例が、4事例あります。
とすれば、Aさん、B氏が、ともに守護霊であった前世がありうるし、守護霊として霊界で旧知であったということもありうる話です。
いずれにしても、両人が守護霊時代をともにしたことの検証は到底不可能ですから、両人が同様に守護霊時代の前世があるのかどうかは闇の中です。
Aさんが、B氏に、自分のセッション情報を漏らしていないという証言を採用し、B氏に超ESPの能力がないという前提に立てば、やはり生まれ変わり仮説でなければ、この両者の語りが完全に一致した事実の説明はできないように思われます。
それにしても、不思議な白ツバメの出現した同じ日のセッションで、現世の両者が守護霊であった前世時代をともに過ごし、しかも、ともに人間に生まれ変わって、現世で再会しているという、これまた不思議な符合が示されたのではないかと思ってしまいます。
こうした不思議なできごとがあるからこそ、人生はおもしろい。
(その22につづく)

2013年8月15日木曜日

SAM前世療法の成立 その20

SAM前世療法における「魂」と「霊」の概念、および憑依仮説
SAM前世療法においては、「魂」と「霊」の概念を明確化して、用語の混乱をさけるようにしています。
「霊」は、肉体を持たない存在を指します。
高級霊、低級霊と呼ばれる存在は、霊格の違いこそあれ、ともに肉体を持たない点では同様です。
肉体を持たない「霊」が、肉体という器を持ち、その中に位置付いたときには「魂」と呼び換えます。
したがって、人は、生きている状態であれば、通常誰もが肉体に「魂」を蔵していることなります。
そうして人が死に、「魂」が肉体という器を失ったときには、ふたたび「霊」に戻ることになります。
こうした概念からすれば、「魂」も、「霊」も、肉体を持つかどうかの区別であり、本質的な違いはありません。
人の本質は霊的存在である、という意味も、こうした概念に立てば、十分了解できると思います。
ところで、SAM前世療法において、魂状態の自覚に至る経験の報告として、そうした自覚状態では、体重の感覚が失われ、「わたし」という意識のみがあり、しかもその「わたし」が、肉体からずれたり、肉体を離脱しているという感覚になると言います。
こうした意識状態が「魂」の自覚であるとすれば、これは肉体を失った「霊」と同様の次元に並んだと考えてもよいように思われます。
そうであるからこそ、「魂の自覚状態」に至ったクライアントに、霊的存在が憑依したり、霊的存在とコンタクトがとれたりする意識現象が起こることが了解できることになります。
いわゆる霊能のない私が、こうした霊的問題の回答を得るために用いる手段は、信頼のおける守護霊とよばれる高級霊に尋ねることです。
そして、私にとって信頼のおける守護霊は、里沙さんの守護霊です。
彼女の守護霊の憑依実験において、彼女の守護霊は、「自分は霊界においては異例の存在である」と告げています。
「霊界において異例の存在である」理由は、「稲垣に霊界の諸情報を伝えることを使命としているからだ」と告げています。
この里沙さんの守護霊との対話については、http://www.k5.dion.ne.jp/~spiritlb/3-12.html をお読みになるとその消息がお分かりになると思います。
また、彼女の守護霊が信頼に価する理由の一つに、応答型真性異言ラタラジューの対話実験に入る直前に、この実験は「霊界側の計画に入っている」と告げ、前世人格ラタラジューがネパール語対話をすることを予言したことにあります。
そこで、里沙さんの守護霊に、2013年8月に、「魂の自覚状態では、肉体を失った霊と同様の次元に並んだと考えてよいのか、だから霊的存在の憑依や接触が起こると考えてよいのか」と尋ねてみました。
その回答は、「そのとおりです」ということでした。
SAM前世療法における作業仮説の一つである「憑依仮説」は、こうして固まりました。
つまり、「魂状態の自覚に至ると霊的存在の憑依現象や霊的存在との接触現象が起こる。その理由は、魂の自覚という意識状態が肉体のない霊的存在と同様の次元に並ぶからである」という仮説です。
ちなみに、「その18」で述べた、私の守護霊団に属する8番目の霊と名乗る存在が憑依した現象も、被験者Aさんが魂状態の自覚に至ったので起きたと了解できるのです。
またその5日後に、ある青年を被験者にした催眠塾での実験セッションでは、魂状態に戻る直前に、それを妨げている3体の憑依していた未浄化霊が顕現化し、しかも口頭で霊界に行けず迷ってしまった事情を話すという現象が起きています。
①30代前半女性の憑依霊。妊娠中に結婚を約束した男に邪魔者扱いされ、腹部を刃物で刺され胎児もろとも殺された、と被験者は腹部を激しく痙攣させ、それを両手でさすりながら泣く。
②40代男性の憑依霊。事業が軌道に乗りそうなところで一緒に起業した仲間に裏切られ破産。妻子と離婚。失意のうちに自殺したと泣く。この憑依霊は、この被験者に憑いていることが心地よいので10年以上前から憑依し続けていると話す。また、①の女性憑依霊とは通じ合っているので寂しくなかったとも話す。
③10代後半の男性憑依霊。スピード狂で、高速道路下り坂道カーブでガードレールを突き破ったことまでは憶えているが、自分が交通事故死していることを自覚していないと話す。まだ、自分は死んではいない、生きていると主張する。
興味深いのは、①の女性憑依霊を浄霊作業したところで、もう未浄化霊の憑依はないと判断し、魂状態に至らせて前世人格を呼び出そうとしたところ、被験者の守護霊が憑依し、「まだ頑固な憑依霊がいるので、それを浄霊してやってほしい」と私に依頼したことでした。
そこで、別の未浄化霊が憑依しているのなら、出ておいでなさい、と呼びかけたところ、顕現化したのが②の未浄化霊でした。
この②の未浄化霊の浄霊作業を終えて、再度魂状態へもっていこうとしたところ、「ちょっと、ちょっと、待って」と軽い調子の早口で言いながら、自ら顕現化したのが③の憑依霊でした。
さらに興味深いのは、3体の浄霊作業を終えたところで、被験者の守護霊が再度顕現化し、「この者(被験者)は誠実で優しいいい男なので未浄化霊が憑きやすいのだよ。私の力ではそれを防ぐことができないのでこれからも、あなた(稲垣)が力になってやってほしい。お願いします」と依頼してきたことでした。
被験者の守護霊が顕現化し、未浄化霊の存在を指摘してその浄霊を依頼してきたことは初めての体験でした。
被験者の力になってほしいと、顕現化した(憑依した)被験者の守護霊から依頼を受けたのは2例目になります。
この青年被験者の3体の未浄化霊と彼の守護霊の語りは、きわめて稀な現象で作り話としても面白いのですが、実験セッションということで、ICレコーダーによる録音という証拠と、3名の塾生見学という証人がいますので、本当に起こった意識現象の事実です。
事実は小説より奇なり、という諺そのままの、SAM前世療法で起こった、憑依仮説どおりの意識現象と言えるでしょう。
ただし、こうした憑依現象の解釈にあたっては、被験者の無意識的な役割演技のなせる業だという催眠学的な解釈が排除できません。
あるいは、催眠状態が引き起こした被験者の妄想だ、という精神医学的解釈もできるかもしれません。
私の立場は、SAM前世療法の作業仮説である「憑依仮説」を支持する意識現象として受け入れています。
①の妊娠中の腹部を刺されて殺されたと訴える女性未浄化霊が、顕現化したときに起きた被験者腹部の痙攣状態は、役割演技や妄想によって起こったとするのでは到底おさまり切らない異常な身体反応でした。
現象学的立場に立って、起こったこと、語られたことの霊現象をありのままに受け入れないで、たとえば、腹部の痙攣は、想像妊娠という身体現象と同様の現象だとする唯物論的解釈に拘泥することには無理があり、不自然な営みだと私には思われるのです。
そうして、SAM前世療法で出会うこうした霊的意識現象の累積から、人の本質は霊的存在であり、魂は肉体が滅んだのちは霊に戻って死後存続し、やがて生まれ変わること、霊的存在が実在すること、など霊的真理を、理屈として知るのではなく体得することが、「魂の覚醒」につながるのではないか、と思うようになっています。
(その21につづく)

2013年8月10日土曜日

SAM前世療法の成立 その19

必要に応じておこなう魂へのヒーリング作業
SAM前世療法の成立には、これまで述べてきたように、私あて霊信が告げた「心・脳二元論」、「魂の二層構造仮説」、「霊体仮説」、「憑依仮説」など諸作業仮説によって支えられています。
そして、SAM前世療法を成功へと導くために必要に応じておこなう浄霊作業は、他の前世療法にはない際立つ特徴と言えると思います。
ここで、さらに成功へと導く「魂へのヒーリング作業」を加えなければなりません。
魂へのヒーリングというきわめて霊的な作業がどのようにして成り立ってきたのかその経緯を述べてみます。
【私あて第13霊信】
心と魂は、肉体すべてに宿り、すべてを包むものである。
だが、肉体と心を管理する役目を持つのは脳である。
心の中心は心臓を包むように、その位置を中心として存在しているのだと考えなさい。
それはなぜか、それは人の本能に関連するものである。
心臓という臓器があるため、その位置にあるのだと考えなさい。
あなたがヒーリングをおこなう時は、癒す対象をもとに応じていくべきものなのだと理解しなさい。
肉体を癒そうとする時はその患部、そして魂を対象とする時は、相手の意識全体、魂、心、肉体、そのすべてを包み込むイメージを持つのだ。
心は魂に従うものである。
魂に目を向けなければ、心の活動は穏やかにものとはならない。
よって、あなたは心ではなく相手の魂に目を向けるべきである。
【私あて第17霊信】
スピリットヒーリングの定義づけは、そのものにより異なるものである。
肉体に対する癒し、霊体に対する癒し、魂の側面に対する癒し、それらすべてがスピリットヒーリングである。
魂は癒しを必要としない。
意識体は、あるがままに完全性を持つものである。
癒しを求めるものは、魂の側面であり、肉体である。
心自体は癒しを求めない。
心とつながりを持つものが、癒しを求めるために心を通し呼びかける。
心は道具なのだ。
それは属するものである。
上記二つの霊信は、私の手から発せられるエネルギーがスピリットヒーリングであると告げ、その用い方を教えています。
問題は、魂へのヒーリングという文言でした。
霊信によれば、魂を癒すとは、魂の側面のものを癒すことを意味しています。
魂の側面のもの、とは「魂表層の前世のもの」を指しています。
霊信では、「魂の側面」と「魂の表層」と二つの言い方をしており、「側面」は「表層」と同義です。
したがって、「魂を癒す」とは「魂表層の前世のものを癒す」ことです。
なぜなら、「魂は癒しを必要としない」、「意識体はあるがままに完全性を持つ」と告げているからです。
この場合の「意識体」とは、それまでの霊信の文脈からして魂表層に包まれた「魂の核」を意味しています。
さて、実際のセッションでは、魂表層から顕現化した苦悩を持っている前世人格と対話をします。
前世人格が苦悩を十分語り、セラピストがそれに共感的理解を示すことによって、彼は癒され、それまで魂表層にあって訴え続けていた苦悩から解放される、その結果、現世の人格の諸症状が改善される、というのが、SAM前世療法における治療仮説です。
しかし、SAM前世療法の開発過程で、顕現化した前世人格が、対話のあとでも癒しが不十分である、まだ癒されないというケースが出ていました。
こういうケースで、どうすれば、前世人格を十分な癒しへと至らせることができるのか、これが大きな課題となっていました。
前世人格が十分癒されないままでは、十分な症状の改善が起こるとは考えられないからです。
霊信からすれば、魂表層の前世のものへスピリットヒーリングをおこなうことが可能だと告げています。
ただ、どのようにすれば前世のものへ、スピリットヒーリングのエネルギーを繋ぐことができるのか、これは途方もない謎でした。
スピリットヒーリングの相手は、魂表層に存在している肉体を持たない前世人格です。
第13霊信では、「魂を対象とする時は、相手の意識全体、魂、心、肉体、そのすべてを包み込むイメージを持つのだ」と告げてはいますが、具体的にどうするのか、皆目見当がつきません。
ところが、2ヶ月ほど前に、「神様のお使いで浄霊の仕方を教えにきました」と憑依現象を起こした統合失調症の女性クラアントが、2度目のセッションで、なんと同じく、「今日は、神様のお使いで魂の癒し方を教えにきました」と高級霊らしき存在の憑依を起こしたのです。
その憑依霊が告げるには、
①魂表層の傷ついている前世のものの作り出している意識・潜在意識は、霊体に宿っている。
②そうした意識・潜在意識は、心が管理している。
③したがって、管理している心を経由して、傷ついている前世のものの意識・潜在意識に繋がれる。
④よって、心に向かってスピリットヒーリングエネルギーを注ぎなさい。
⑤心は心臓を中心に広がっているから、胸の前で、両手で心臓を包み込むつもりでヒーリングをしなさい。
心臓に手を当てる必要はない。
⑥このようにすれば、心を経由して魂表層の前世のものにヒーリングエネルギーが繋がり、癒しを求める前世のものを癒すことができる。
ということでした。
憑依霊の告げたこの内容を、第13・17霊信と照らし合わせて考えてみると、それなりに符合する内容であり、試してみる価値はあるように思われました。
このヒーリング方法によって、癒しを求める前世のものが癒されるとすれば、SAM前世療法の成功に大きく寄与することになります。
次は、実際に、前世人格へのヒーリングをおこなったクライアントの体験記です。
この40代男性クライアントは、大手商社マンであり、常識を備え知的な人柄の持ち主だと周囲から評価されている人です。
顕現化した前世人格の8割が口頭で対話できないSAM前世療法の、指で対話する典型例ですので、少し長い体験記ですが全文を紹介します。
最初に僕の緊張をほぐす意味もあったのでしょう。ご自身の催眠や前世に対する考え方、スタンスを丁寧に話をしていただきました。
少し、休憩をはさんで、さあ、いよいよ催眠初体験です。
施術前に、まず簡単な被暗示性テストを受けることになります。
これは、僕が催眠にかかりやすい方なのかどうか、を判断するために実施するものだそうで。
結果は「良好」。
かなり素直な性格の方だから、すっと催眠に入れると思う、とのコメントでした。
そうです、まさに実際にその通りの結果となりました。
まず、呼吸と術者の言葉による暗示により体の力が抜けて行きます。
その後、知覚催眠という、体の感覚が離れていく状態(たとえば、手を抓(つね)られても痛みを感じない状態)へと徐々に導かれます。
そして、自分の潜在意識に表に出てきてもらうよう誘導されます。
実際には、本当に不思議なんですが、頭ははっきりしています。
顕在意識は健在なんですね。(寒いダジャレです。すみません。)
負けず嫌いの僕ですから、何とかして顕在意識は手足を動かしてやろう、と企んでいます。
でも、潜在意識が表に出ている催眠状態では、自分の手足が動かないんです。
ただ、まったく怖くはありません。
さて、潜在意識が表に出ている状態ですが、術者とのコンタクトは指の動きで行います。
術者の質問には、顕在意識とは全く無関係に、指が反応するんです。
ここまで来ると、戸惑っていた顕在意識の僕も、流れに身を任せてみる気になりました。
稲垣: いま、あなたの潜在意識は現世のものですか?
指: 無反応
稲垣: では、前世のものですか?
指: ピクンと反応
指: ヨーロッパに反応
稲垣: いまから、ヨーロッパの国名を私が言います。あなたの国のとき、指で教えてください 。
指: ギリシャで反応
という感じで、セッションが進められます。
術前のインタビューで、僕は、「今の自分に一番影響を与えている前世を知りたい」と希望を出していました。
たぶん、そのことがすでに暗示になっていて、すっと前世のものが出てきたんだろう、と思われます。
結果、僕の前世のものはエナンという名の、ギリシャ・アテネに住んでいた哲学者だそうです。
彼は、戦争に自分の意に反して参加させられ、人を殺してしまった、という心の傷を持っているらしく、それが癒されないため苦しみ、それが現世にまで影響を及ぼしているらしいのです。
主に指を介したやり取りですが、そばでみていた友人によればコミュニケーションが進むにつれて、指の動きが激しくなっていたそうです。
「これから、心を介してあなたの傷を癒します」
術者のそんな声が聞こえたかと思うと、胸の前に何やら温かいものが・・・。
後で友人に聞いたのですが、その時、術者は、僕の体には一切触れておらず、ただ、両手を胸の前にかざしてくれていただけだそうです。
その温かさを感じながら、僕は泣いていました。
ポロポロ涙を流しながら。
しばらく経つと、あれだけ温かかったものが、すうっと消えていきました。
「癒しが終わりました。さあ、これから現世のものと交代してください」
相変わらず、頭ははっきりしていますが、いつ自分が前世のものから現世のものに変わったのかは知覚できません。
でも「いま現世のものですか?」と問われたら指が反応します。
そして、五つ数えたら催眠から覚めます、と言われその通りに。
体は思い通りに動きます。まず涙をぬぐう。
今回は催眠自体が初の体験でしたから、多少の緊張があり、自分の体の重さを感じなくなるところまで顕在意識と体の切り離しは進みませんでした。
でも、少なくとも手足を動かすハンドルを持つ顕在意識の「手」はやさしく外され、そのハンドルを慣れない「潜在意識」が持った、そんな感覚がありました。
僕の前世が哲学者だった。
違和感はあまりありません。
今回は、何らかの問題を抱えて催眠療法を受けたわけではありません。
ですから、悪かった症状が良化した、なんていう、「目に見える変化」が起こるわけではないと思います。 
でも、術中に感じたやさしい温かさと、流した涙の意味は、これから徐々に自分に良い影響を与えてくれるんじゃないかな。
そう思います。

上記体験記の
「「これから、心を介してあなたの傷を癒します」
術者のそんな声が聞こえたかと思うと、胸の前に何やら温かいものが・・・。
後で友人に聞いたのですが、その時、術者は、僕の体には一切触れておらず、ただ、両手を胸の前にかざしてくれていただけだそうです。
その温かさを感じながら、僕は泣いていました。 ポロポロ涙を流しながら。
しばらく経つと、あれだけ温かかったものが、すうっと消えていきました。
「癒しが終わりました。さあ、これから現世のものと交代してください」
までが、魂表層の前世もの(このクライアントでは前世の哲学者エナン)へのヒーリングです。
ちなみに、「僕は泣いていました。 ポロポロ涙を流しながら」の「僕」はクライアント自身ではなく、前世人格エナンが、自分の生まれ変わりである現世の者の肉体を借りて泣いている、と理解するのがSAM前世療法の「自己内憑依」仮説による解釈になります。
クライアントの「僕」の目から涙はあふれていることを現世のモニター意識は知るのですが、なぜ涙があふれるかの自覚が持てないのです。現世のモニター意識とは別に、前世のエナンの意識が泣かせているからです。
涙を流している主体は、現世の「僕」ではなく、前世人格エナンです。
これは、前世人格が口頭で話す場合も、指で回答する場合も、同様の意識状態になります。現世のモニター意識は、口が勝手に開いて話している、指が勝手に回答するという自覚でしかありません。
前世人格の意識が、現世の者の発声器官を借りて話し、指を操作しているからです。
こうした意識状態を、SAM前世療法では「自動発話」、「自動動作」と呼んでいます。
ラタラジューがネパール語会話をしている最中の、里沙さんの意識状態も「自動発話」状態でした。
そして、クライアントは閉眼していますから、私がどのようにヒーリングをしているかは分かりません。
しかし、他の事例でも例外なく、クライアントのモニター意識は胸のあたりにモワーと温かな感覚が広がることを感知し、顕現化している前世人格に尋ねると癒されていくことが分かると報告します。
そして、私の手のひらは、ヒーリングエネルギーの放射感覚をたしかに感知します。
こうして、癒しを求める前世のものへのヒーリングという技法が完成し、SAM前世療法の成立を支える諸作業仮説と諸技法がすべてが出そろったことになります。
そして、「その1」から延々と述べてきたことをお読みになれば、SAM前世療法は霊的存在の恩恵なしに創始できなかった特殊・霊的な前世療法であることがご理解いただけたと思います。
特殊・霊的ではあるが、SAM前世療法による前世人格の顕現化は、誰でも同じ手続きを踏めば前世人格の顕現化が可能です。
また、一度顕現化した同じ前世人格を何度でも顕現化させることができます。
魂表層を居場所にしている前世人格ですから、当然のことと言えば当然のことです。
たとえば、魂表層に存在している前世人格タエにしろラタラジューにしろ、その顕現化の再現性が検証されています。
SAM前世療法の手続きを踏めば誰でも同じ結果を得ることができる、という再現性の点において、SAM前世療法は科学性を有していると思っています。
SAM前世療法は、したがって、伝達可能な催眠技法です。
すでに、私の催眠塾で学んだ門下生が、SAM前世療法を実践し、成功をおさめています。
そして、ラタラジューは応答型真性異言を話し、検証の結果、被験者里沙さんの作り出した架空の人格や妄想の人格ではない、確かな前世人格であることの科学的証拠が示されています。
SAM前世療法は、これまでの科学としての催眠が踏み込まなかった、霊的領域を切り拓く道具でもあると考えることができるのではないでしょうか。
(その20へつづく)

2013年8月7日水曜日

SAM前世療法の成立 その18

守護霊団第8霊による奇妙な霊信(憑依仮説を裏づける実例)
奇妙な霊信とは、それが一見シュールリアリズム風の絵によって霊信が始まっているからです。
ことの起こりは2012年10月に始まりました。
ちょうどその頃、私の催眠塾で学んでいたAさんの、姉の娘である高校1年B子(Aさんにとって姪)さんが、突然授業中に奇妙な鉛筆画を描かずにいられなくなったという事態が起きました。
描いている本人にまったく意味の分からない絵を、無自覚のままどんどん描いていってしまうという自動書記に類似の心理状態が起きているとのことです。
もちろん、ふだんのB子さんに精神疾患を疑わせるような言動はなく、明るい元気な娘だということです。
ただ、幼少より霊的感性が豊かな子だったそうです。
その後、2013年2月27日、3月4日、3月18日、5月29日、7月2日に、たいていは夜中、どうしても描かずにいられない衝動に駆られてベッドから起き上がり、A4用紙に鉛筆による絵を5枚描いたということです。
この奇妙な鉛筆画を自分の意志からではなく、描かされているという感覚でなぜ描くことになったのか、その謎解きを、セラピストである叔母のAさんに依頼してきたというわけです。
Aさんもこの不思議な、ある意味不気味な絵の解釈に困惑し、私の見解を聞かせてほしいと依頼してきました。B子さんの妄想が描かせた絵なのか。それとも別の何らかの意味があるのか。
私は、催眠塾門下生のAさんのこの依頼を受けたとき、霊能者ではないので、絵を見てもおそらくなにも霊感らしきことは働かないから、謎解きのお役に立てないだろうと回答しました。
Aさんはことの外熱心に、姪の描いた絵を見てほしいと、とうとう私の研究室まで訪ねてきました。
姪のB子さんが、自分がおかしくなったのではないかという不安に怯えているし、叔母としてなんとかしてやりたいと思うので、とにかく絵を見ていただきたいとのことでした。
絵を見せられて、案の定、私には皆目見当のつかない絵ばかりで、6枚の絵を関連づけて含意を読み取ることはとてもできない相談でした。
ヒントは最初の絵にあるだろうと考え、検討していると、神社らしきものが図案化された建築物とその入り口に至る5段の階段の図柄から、出雲大社の本殿ではないかという直感が走りました。
そのように見てみると、出雲大社の本殿の前の空間に一対の勾玉が描かれています。その勾玉が漏斗のような物に吸い込まれそうになっており、吸い込まれる先には臼のような物があり、その臼が口を開けています。その横には目鼻のないのっぺりした首から上だけの顔が大口を開けており、その細い首が管のようにうねり、その管の先に封書が描かれています。
この最初の絵から読み取れる断片は、出雲大社、容れ物に吸い込まれる魂、封書に込められたメッセージとそれを話したがっているような顔、ということになるでしょうか。
2枚目の絵では十文字の帯を架けられ、ひび割れて所々欠けている地球らしき球体と、それに紐状のものでつながっている別の天体らしき球体が書かれています。この天体も、ひび割れを縫ってあるような糸目の傷跡があります。

3枚目では大木が枝派を広げ、こんもり広がった葉がそのまま女性の髪でもあり、その髪を持つ女性の横顔からは涙がこぼれて落ちています。
4枚目では1枚目の絵にあった、魂が吸い込まれた臼のような容れ物に鎖が三重に巻かれ、錠がかけられています。その容れ物の上部には、目から上が斜めに切り取られた顔が乗っており、大きな口を開けて、その先にレールのような物が延びて、球体の中にある封書を貫き、最後は大きな眼につながっています。
この大きな眼は長い密生したまつげを持ち、カッと見開いています。
5・6枚目は同じ図柄です。5月29日に描いた絵が中途であったため、7月2日にそれに描き足したということでした。
大きな足から幹につながる大木、その幹に鼻とと口がついており、大口を開けて叫んでいる。右斜め上に大きな口を開け血を滴らせている球体、その下には土星らしき球体、木の幹を挟んで十文字の帯を架けられた地球が描かれています。
さて、このように5枚の絵を検討していると、何らかの霊的存在がメッセージとして発信している絵ではないだろうかという直感が走りました。
そこで、Aさんを魂状態まで催眠誘導し、こうした絵をB子さんに描かせて、メッセージを伝えようとしている霊的存在がいるのなら憑依をしてもらい、メッセージを聞いてみるという提案をしました。
Aさんはこの提案を了承してくれたので、早速実行に移しました。
2時間にわたるこの憑依セッションで、明らかになってきたことを要約すると、次のようなことになります。
Aさんが魂状態の自覚に至ったところで、「B子に絵を描かせ、それによってメッセージを伝えようとしている霊的存在がいるのなら、この者(Aさん)に憑依をしてください」とお願いをしてみました。
なんと、憑依してきた霊は、11の霊から構成されている私の守護霊団の一員で、これまで霊信を伝えたことのない第8番目の霊でした。
この霊は、人として生まれ変わる道ではなく、霊界で独自の修行の道を選んで成長進化をした存在であると語りました。
以下、この第8霊との対話の要約です。
①稲垣への霊信を伝えるため、B子に霊信内容を象徴した絵を描かせた。それをB子が叔母のAに見せ、Aが稲垣のもとを訪ねるのは計画されたことである。自分は出雲の神とつながる者である。
②出雲は復活する。稲垣は急ぎ出雲大社へ行きなさい。そこで、黄泉の国の入り口の封印を解いて入り口を開けるように祈りを捧げなさい。それをしないと魂の覚醒ができない者たちを救えない。
③稲垣は、出雲大社のオオクニヌシノミコトとの深いつながりを持つ。よって、出雲へ出向きなさい。
④神は稲垣のすることを常に見ておいでになる。これから稲垣は一族の者たちと神につながりなさい。
⑤地球の意識は苦しんでいる。地球の子である月の意識は地球の意識の苦しみを識り、血を吐く思いで心配している。地球の危機は迫っている。地球の人々の魂を覚醒させることを急ぎなさい。
⑥地球には土星の月の者たちが生まれ変わっている。土星の月は、自分のもとから地球に送り出した者たちが、地球の危機に見舞われていることを心配している。
⑦地球の危機は、すでに日本から始まっている。よって、人々の魂を覚醒させることを急ぎなさい。出雲へ行きなさい。
ざっと、以上のようなメッセージを守護霊団第8番目の霊から受け取りました。
憑依中のAさんの目からは涙が流れ落ち、憑依霊の発話は、「あ、な、た、は、い、ず、も、へ・・・」のように一音ずつ細切れで発音するという奇妙な発音に終始しました。
また、覚醒後には、憑依中に霊の語ったことの記憶は断片的にしか憶えていないということでした。
さらに、覚醒直後、疲労による下半身の痙攣によって15分程度カウチから起き上がることができませんでした。
私の守護霊団の8番目の霊を名乗る存在の憑依らしいこの現象を、真性の憑依現象だと判断するかどうかは意見の分かれるところでしょう。
まず、霊信を象徴した絵をB子さんに描かせ、その霊信である絵を私の門下生であるAさんを介して私のもとに訪ねさせ、Aさんに憑依して口頭で絵の謎解きをしながら口頭でのメッセージを告げる、という回りくどい手段を取った理由が分かりません。
また、憑依霊が語った「出雲が復活する」、「出雲にある黄泉の国の入り口の封印を解け」など出雲に関わる魂の覚醒についての霊信が謎めいています。
霊信としての奇妙な絵の象徴している意味は、憑依霊の口頭でのメッセージで一応の理解はできそうです。
しかし、絵の意味するところをAさんは憑依セッション前にすでに自分なりに理解しており、無意識のうちに憑依霊の役割演技をして語ったという催眠学的解釈も可能です。
しかし、そのような役割演技だとすると、憑依中のAさんが泣いたり、覚醒直後起き上がれないなどの極度の疲労が生じたことの理解できなくなります。これは演技しているとは思われません。
この憑依か否かの判断の目途は、今後、B子さんの奇妙な絵を描く行為が止まるかどうかであろうと思います。
今回の憑依セッションで、憑依霊の告げたことが本当であれば、B子さんをして霊信としての絵を描かせることはすでに必要がなくなっていると思われるからです。
(その19につづく)

2013年8月6日火曜日

SAM前世療法の成立 その17

SAM前世療法の憑依仮説
SAM前世療法の作業仮説は、私あて霊信の告げた内容が作業仮説になっていることをすでに明らかにしてきました。
こうして、SAM前世療法は、その成立の基盤として、私の守護霊団を名乗る霊の実在を前提にしています。
したがって、肉体を持たない霊的存在が、未浄化霊にしろ、高級霊にしろ、憑依をすることを事実として受け入れています。
このことを、SAM前世療法の作業仮説としての「憑依仮説」と言います。
こうして、霊の実在を認め、霊の憑依現象を認めるに至った経緯を次に述べてみます。
2005年6月の「タエの事例」以後4年間の経緯と「ラタラジューの事例」によって、私は、「魂」や「生まれ変わり」および、「守護霊」の実在を認める立場をとることを、徐々にためらわないようになっていきました。
この立場をとることは、私あての霊信で告げられている予言が的中していることや、守護霊団の存在を知らないはずの催眠中のクライアントに、私の守護霊を名乗る霊、霊団の一員を名乗る霊、あるいはクライアントの守護霊を名乗る霊の憑依とおぼしき現象が生じ、メッセージを伝えるという意識現象が、度々観察されていることからも、受け入れざるをえません。
何よりも、「ラタラジューの事例」との遭遇によって、ラタラジューという前世人格の実在と、その生まれ変わりの事実を認めざるを得なくなったからです。
顕現化した前世人格ラタラジューが、ネパール人対話者パウデル・カルパナ氏(朝日大学法学部博士課程女子留学生)に対して、「あなたはネパール人ですか?」、「ああ、私もネパール人です」という現在進行形の対話をした事実は、私にはきわめて衝撃的で、驚かざるをえない会話でした。
つまり、前世人格ラタラジューは、ただ今、ここに、顕現化し、現在進行形で会話したわけで、これを被験者里沙さんの前世の記憶として解釈することはできません。
ラタラジュ-という前世人格は、魂の表層に、今も、意識体として生きていることの証左です。
前世人格ラタラジューは、自分の生まれ変わりである里沙さんの肉体を借りて自己表現した、つまり憑依を起こしている、と考えざるをえません。
ラタラジューは、里沙さんの魂表層を居場所とする意識体であり、死者であり、肉体を持たない存在ですから、その意味では、霊と呼ばれる存在です。
ただし、前世人格は、ふだんの覚醒状態では、魂表層に位置付いていますから、居場所のない、この世をさまよう未浄化霊ではありません。魂表層を居場所とする霊的存在です。
しかし、前世人格が顕現化する現象は、未浄化霊が憑依を起こすように、自分の生まれ変わりである現世の里沙さんに憑依して自己表現していることになります。
SAM前世療法では、ラタラジューのように前世人格のあらわれる現象を「自己内憑依」だと定義します。
つまり、「自己内憑依」とは、自分の内部(魂表層)に存在する霊的存在である前世人格が、自分に憑依をする、という意味です。
このような、自己内憑依現象は、これまで発見されたことがないので、この用語は奇異な印象を与えますが、それ以外に適切な用語が見当たりません。
一般に言われる憑依は、自分以外の、外部の、異物としての霊が憑依することを意味してきました。
こうして、これまでのように異物としての霊が憑依することを、自己内憑依に対して、自己外憑依と呼ぶことになります。
魂と霊の実在を認める立場をとる理由は、それが直感に著しく反していないからであり、それを認めることが不合理な結論に帰着しないからであり、その霊的現象が唯物論的枠組みからは説明できないからです。
SAM前世療法の作業仮説は、霊の告げた魂の構造を前提にして導き出したもので、良好な催眠状態に誘導し潜在意識を遡行していくと、意識現象の事実として、クライアントが「魂の自覚状態」に至ることが明らかになっています。
この魂の自覚状態に至れば、呼び出しに該当する前世人格が魂の表層から顕現化し、対話ができることもクライアントの意識現象の事実として明らかになっています。
ラタラジューも、こうして呼び出した前世人格の一つであるわけです。
その前世人格ラタラジューが真性異言で会話した事実を前にして、魂や生まれ変わりの実在を回避するために、深層心理学的概念を駆使してクライアントの霊的な意識現象に対して唯物論的解釈することは、現行科学の知の枠組みに固執した不自然な営みだ、と私には思われるのです。
魂の自覚状態、前世人格の顕現化という意識現象(自己内憑依現象)に対して、事実は事実としてありのままに認めるという現象学的態度をとってこそ、SAM前世療法を実りあるものにしていくと思っています。
そして、クライアントの示す意識現象の諸事実は、現行科学の枠組みによる説明では、到底おさまり切るものではありません。
魂や生まれ変わりの実在を認めることを回避する立場で、あるいはすべて非科学的妄想だと切り捨てて、どのようにして顕現化した前世人格ラタラジューの応答型真性異言現象の納得できる説明ができるのでしょうか。
SAM前世療法の、霊的で、奇怪とも思われる諸作業仮説の最大の強みは、この作業仮説によって、応答型真性異異言「ラタラジューの事例」があらわれていることであり、生まれ変わりの科学的証拠として実証したことです。
ちなみに、イアン・スティーヴンソンも、「グレートヒェンの事例」において、真性異言で会話したグレートヒェンを名乗るドイツ人少女を「ドイツ人とおぼしき人格をもう一度呼び出そうと試みた」(『前世の言葉を話す人々』11頁)と記述し、呼び出された前世人格を「トランス人格」(前掲書9頁)と呼んでいます。
また、スティーヴンソンも、生まれ変わりを示す2000例余の検証の末、「前世から来世へとある人格の心的要素を運搬する媒体を『心搬体(サイコフォア)』と呼ぶことにしたらどうかと思う」(『前世を記憶する子どもたち』359頁)と提案し、いわゆる魂の実在を認めているのです。
つまり、深い催眠下で前世人格を呼び出し顕現化させる、というSAM前世療法における私と同様のとらえ方をしています。
おそらく、この被験者も里沙さんのような高い催眠感受性を持ち、タエやラタラジューの人格同様、催眠下で一気に魂状態になり、その表層に存在している前世人格グレートヒェンが顕現化したと推測して間違いないように思われます。 
また、ワイス式前世療法によって「前世記憶」として扱われている事例の中には、記憶ではなく魂表層の前世人格が顕現化して語っているもの(自己内憑依現象)が、必ずあるはずだと考えています。
なぜなら、ワイス式で前世記憶として扱った2005年の「タエの事例」のタエを、2012年にSAM前世療法で前世人格として顕現化させて尋ねたところ、「魂表層から顕現化した」と回答しているからです。
(その18へつづく)

2013年8月2日金曜日

SAM前世療法の成立 その16

魂遡行成功に必要な浄霊という作業
前記事でマヤの時代3歳の幼女の未浄化霊の浄霊について述べました。
SAM前世療法では、魂状態の自覚へと至る過程で、未浄化霊と呼ばれる存在が顕現化した場合、浄霊という作業をおこないます。
そもそも、霊的存在が実在することに懐疑的で、唯物論的傾向が強かった私が、浄霊などという宗教者・霊能者の領域に触れることになっていったのか、その事情を時系列に沿って述べてみます。
①私あて【第7霊信】(2007.1.18着信)で、次のように告げてきました。
そして、M子に呼び寄せされる霊は「救いを求めるもの」よりも「迷うもの」が多い。それはM子のその魂の傷が呼び寄せるものである。
あなたには「救いを求めるもの」が近づく。
あなた方に近づく霊は異なるものだ。それを理解しなさい。

②【第9霊信】(2007.1.21着信)では、次のように告げてきました。
そして、あなたが最も理解すべきなのは「霊祓い」を選択するのではなく、「浄化」を選択することである。
祓うことは、追いやることや強制的に引き離すことを意味する。離れたとしても一時的なものでしかない。
霊がいつも求めるものは「理解」であることを忘れないようにしなさい。
そして、その本質は「愛」なのだ。

何かをするにあたって、道具は道具でしかないということである。
それがどんなに優れた性能を持つものであっても、どんなに研究された結果からの恩恵であっても、人ありきの道具なのだ。
経なども同じである。
それは道具なのだ。
あなた方の真の言葉ではない。
最も効果をあらわすのは「あなた方の言葉」なのだ。
上記①②の霊信で告げられたことの意味が、この2007年1月現在の時点では皆目見当がつきませんでした。
この時点以前で、私は霊の存在自体に懐疑的でしたし、「霊祓い」などしたこともなかったからです。
やがて、これらの霊信の意味は、やむなく浄霊作業をおこなうようになって明らかになっていきました。
③【第12霊信】(2007.1.23着信)では、次のように告げてきました。
前世退行は必要に応じておこなわれるものであると判断しなさい。
そして戻れない者、要するに深い変性意識へと誘導されない者、視覚的イメージを受け取れない者に対しての要因は二種あるのだと理解しなさい。
それらに共通するのは「霊的存在により起こるもの」ということである。
それらは守護的存在と、それを妨げるものとに分けられる。
守護的存在が下す判断、そしてその対象者の傷を癒す流れをとどめるものによる意図が要因である。
確かに催眠技量は必要である。
だが、あなたの催眠技量は必要基準を満たしている。
あなたが前世療法をおこなえない者は、必然であるのだと理解しなさい。
今後、あなたはそれについて探求していくであろう。
よって、守護的存在からの意図である場合も、妨げるものによる意図も、あなたの周りの協力によって判断を下せるようになる。
ところが、この第12霊信の5日後、2007年1月28日のセッション中のクライアントに守護霊とおぼしきものが憑依し、「妨げるもの」つまり、未浄化霊(この世をさまよっている霊)と呼ばれる霊的存在を、浄化によって排除する方法を教えてくれるという不思議な符合的出来事が起こったのです。
まさに、「周りの協力」らしきことが起きたと思わざるをえませんでした。
クライアントは、私の知人の女性の姪に当たる40代の女性でした。
統合失調症の診断が下りているこのクライアントの主訴は、不幸続きの人生の原因を前世での気づきによって知り、これからの人生の指針を得たいというものでした。
統合失調症のクライアントを、深い催眠状態に入れることはタブーとされています。
それを説明した上で、敢えて前世療法の依頼を受けた事情により、知人の女性にはセッションに同席してもらいました。
深い催眠状態にまで誘導したことを確認したところで、クライアントは、突然次のように語り出しました。
今日は、前世療法の新しい展開を教えるために、神様のお使いで参りました。これから、あなたに浄霊の仕方を教えます」と。
どうやら、守護霊的存在が憑依したらしいと察した私は、動揺を隠して、その浄霊の方法を聞いてみることにしました。
それは第12霊信の「周りの協力によって妨げるものの判断が下せるようになる」という文言と符合するのではないか、という思いが頭をよぎったからでした。
その霊的存在が教えたことは、要するに、前世に戻れない場合は、その者に未浄化霊が憑依している可能性があるから、浄霊して霊界へと送り出してやりなさい、ということでした。その道具として、不動明王の真言と般若心経を用いなさいということでした。
やがて、この後、2007年の夏、SAM前世療法を開発していく実験セッション中、魂遡行がどうしてもできない被験者に、「神様のお使いである霊」の教えてくれた道具を用いて浄霊作業を試みたところ、般若心経を唱え始めると同時に、被験者は異常な痙攣を起こしました。
般若心経を唱え終わって「さあ、光の世界へ上がる準備を整えました。手をポンと打ったらそれを合図に上がることができますよ」と憑依霊であろう対象に向けて言い聞かせ、ポンと手を打ったところ、たちどころに痙攣が治まり、その後魂状態に到達することができました。
こうした浄霊作業で観察できるクライアントの様々な症状と、覚醒後の報告をまとめると次のようになります。
①浄霊作業をはじめると、痙攣・咳込み、のたうって苦悶する、うなり声を上げる、泣きわめくなどの身体反応が起こる。浄霊作業が終わるとそうした諸症状がピタっと治まる。
②浄霊作業後、魂状態への遡行が成功する。
③催眠覚醒後、肩のあたりが軽くなったという報告がある。
④気分が明るくなり、すっきりしたなどの報告がある。
⑤目の周辺の表情がセッション前と比較して確かに明るくなった感じがする。
⑥霊感が鋭敏と思われる被験者は、確かに何かが身体から離れた感覚があると報告する。
以上のような、観察と被験者の報告から、浄霊作業が成り立っているということ、その対象となる未浄化霊という憑依存在を認めざるをえないということです。
こうして、SAM前世療法成功の道具として、必要に応じて浄霊作業が用いられることになりました。
その浄霊の基本は、未浄化霊の苦しみ、悲しみを共感的に理解し、慈愛を込めて、私の言葉で説得することです。
不動明王の真言も般若心経も、光の世界へと送り出すきっかけを作る道具です。
前記事「その15」の、マヤ人3歳女の子の未浄化霊と私の対話は、こうした基本に則っておこなったものです。
(その17へつづく)