2014年10月30日木曜日

SAM催眠学序説 その27

「ラタラジューの事例」再考 その9


「ラタラジューの事例」セッション逐語録 その5 


対話者カルパナさんは、顕現化しているラタラジュー人格の年齢を特定しながら対話しようとする意識がないようです。
質問の仕方について、セッション事前の打ち合わせが全くない状況ではやむをえないことですが。
したがって、カルパナさんの質問が、あいまいになりがちで、混乱がみられます。
同様に質問されているラタラジューにも、いったい何歳のときのことを問われているのか戸惑いと混乱がみられます。


注:略号KAはネパール人女性対話者カルパナさん、略号CLはクライアント里沙さん。



KA  Tapai kaha basnuhunchare ahile?
   (今、どこに住んでいますか?)

CL  A .... ke?
   (あ、何?)
注: 78年の生涯を持つラタラジューには、「今」とは何歳の時点を尋ねられているのか不明である。したがって、答えようがないということであろう。


KA  Kaha basnuhuncha? Tapaiko ghar kaha ho?
   (どこに住んでいますか? あなたの家はどこですか?)
注:78年の生涯を持つラタラジューには、何歳の時点のことを尋ねられているのか不明である。したがって、答えようがないというこであろう。

CL  Tapai Nepali huncha?
  ※(あなたはネパール人ですか?)

KA  ho, ma Nepali.
   (はい、私はネパール人です)

CL  O. ma Nepali.
  ※(ああ、私もネパール人です)
注:※のラタラジューの2つの発語は、きわめて重要である。魂表層から顕現化した前世人格ラタラジューが、ただ今、ここで、里沙さんの肉体を借り、カルパナさんに問いかけている、という現在進行形の会話をしているからである。前世のラタラジュー人格は、今も意識体として、魂表層に生きて存在しているというSAM前世療法の作業仮説を実証している、と考えることができる。被験者里沙さん(CL)自身が、自分の前世記憶を想起しているという事態は否定される。


KA  Tapai kaha basnuhuncha? Tapai kaha basnuhuncha? Tapai ghar kaha ho?
   (あなたはどこに住んでいますか? あなたはどこに住んでいますか? 家はどこにあります     か?)

CL  Ah. Bujina.
   (あー、分かりません)
注:78年の生涯を持つラタラジューには、何歳の時点のことを尋ねられているのか特定されないと、どこに住んでいたのかと問われても「分かりません」としか答えようがないというこであろう。 あるいは、問われているネパール語が理解できないということか。
 
KA  Bujnubhayena?
   (分かりませんか?)

KA  Tapai Gorkhama basnu huncha ki, tapai Kathmanduma basnu huncha ki, kaha
    basnuhuncha?
    (あなたはゴルカ地方に住んでいますか、それともカトマンズに住んでいますか、どこに住ん    でいますか?)


CL  Ah ... ah.. ah... bujina.
   (あー、あー、あー、分かりません)
注:78年の生涯を持つラタラジューには、何歳の時点のことを尋ねられているのか特定されないと、「分かりません」としか答えようがないというこであろう。 あるいは、問われているネパール語が理解できないということか。 あとの会話にも出てくるが、ラタラジューには「ゴルカ地方」という概念がないようである。彼には「ゴルカ」とは「グルカ兵」の概念しかないようである。

KA  Bujnubhayena?
    (分かりませんか?)

KA  Aru kehi cha tapailai bhannu parne kura?
   (何か他に言いたいことはありますか?)

CL  Kodo ... ah ... dado ... ah ... ah..
   (コド、あー、ダド、あー、あー、)
注:「コド」とはキビなど雑穀を指す。コドはネット検索してもヒットしない。里沙さんが知り得ない食べ物と言える。

KA  Tapai, bihana beluka ke khanu huncha tapaile gharma?
   (家では何を食べていますか?)

CL  Ah .. ah... Shiba ... e ... e ... dharma.
   (シバ神、ええー、宗教)
注:ラタラジューは、家の意味gharma(グァーマ)を、宗教の意味 dharma.(ドゥワーマ)と聞き間違えていると推測される。

KA  Dharma?
   (宗教?)

KA  Tapai mandir janu huncha?
   (寺院には行きますか?)

CL  Ho.
   (はい)

KA  Mandir janu huncha?
   (寺院に行きますか?)

CL  Ho.
   (はい)
注:ナル村には2010年現在、小さな寺院が1つ存在する。ただし、いつ頃建立されたかは不明である。 

KA  Kun mandir janu hunccha ta?
   (どの寺院に行きますか?)
注:ラタラジューは30歳のときカトマンズに住んでいたと語っている。カトマンズの寺院なのか、ナル村の寺院であるのか、年齢を特定されないと答えようがないと言える。


CL  H...... ho.
   (はい)


KA  Ho? Tapai mandir janu huncha ki hundaina?
   (寺院に行くのですか、行かないのですか?)

CL  Aaaa. Bujina.
   (ああああ、分かりません)

KA  Bujnubhayena.
   (分かりませんか)

KA  Tapaiko buwa ko nam ke re? Ba ko nam. Ba ko nam.
      (あなたのお父さんの名前は何というのですか)

CL  Ah ... ah ... Tama ... Tamali ... ah...
   (あー、あー、タマ、タマリ)

KA  Tamari? Tamari?
      (タマリ? タマリ?)

CL  Ah ....
      (あー)

KA  Ama ko nam thaha cha?  Ama?
   (お母さんの名前は分かりますか?)

CL  Ama?
   (お母さん?)


KA  Ama.
   (お母さん)

CL  Ah ... Bhayena. Ma nallu gaun ek
   (分かりません。私は、ナル村の者 )
注:ラタラジューは、どうやらAmaの意味が理解できないと推測できる。ただし、里沙さんのこのときのモニター意識には、母親の名前が「ラムロ」であるとラタラジューが訴えていることが伝わってきた、と内観記録で報告している。「分かりません。私は、ナル村の者」という意味は、自分はナル村出身のタマン族であるので、タマン語ではないネパール語はよく分からない、という意味かもしれない


KA  Adjur? Hajur, feri ek choti bhandinusha? Feri ek choti.
   (もう一度言ってもらえますか? もう一度)

CL  Ah ... Ki ... ah ... muh ...
      (あー、キ、あー、むー)

KA  Feri ek choti bandinuhuncha agiko?
   (もう一回言ってもらえますか)

CL  Ah ... e ... de ... Bujina.
   (あー、えー、で、分かりません)

KA  Bujnubhaena?
   (分かりませんか?)

CL  a ... a ...
      (あ、あ)

KA  Tapai tis barsa ko hunu bho ahile?
   (あなたは今、30歳なんですよね)

CL  Tis ...
   (30歳)

KA  Tis? Kati barsa hunu bho?
   (30歳? 何歳ですか?)

CL  Eh ... rana ... eh ...
   (ラナ)
注:ラタラジューには30歳とラナが対になって想起されている。対話中にこれで二度目の想起である。「ラナ」とはシャハ王朝を実質支配したネパール宰相家のこと。30歳の時にラナ家に関わる何かについて思い出していると推測できる。さらに、ラ タラジューは日本語会話で「戦いました。・・・ラナ・・・シャハ・・・ラナ、戦いをした」と語っていることから、30歳のときにラナ家に関わった戦いをした、と推測できる。なお、ラナ家は独裁権力を握るために、1846年に有力貴族を殺害する権力闘争を起こしている。このときにタマン族青年が傭兵として 戦った史実がある。これらのことより、1846年ラタラジュー30歳のときに、ラナ家の権力闘争に傭兵として参戦したと推測できる。

KA  Rana? Ke Ranako gharma kam garnu hunthiyo?
   (ラナの家?で何の仕事をしているのですか?)

CL  um ... eh ... ho.
   (うむ、えー、はい)
注:ラタラジューが、ラナ家の「家」の意味gharma(グァーマ)を、宗教の意味 dharma.(ドゥワーマ)と聞き間違えているとすれば、会話は当然ズレが生じてしまうと思われる。

KA  Rana?
   (ラナですか?)

CL  Rana. ... Rana.
   (ラナ。ラナ)

KA  Rana, kunchahi rana?
   (どのラナですか?)

CL  Ho?
   (はい?)

KA  Rana pani ta dherai thiye ni ta.
   (たくさんのラナがあるんですが)

CL  Bujina.
   (分かりません)


(その28につづく)

2014年10月24日金曜日

SAM催眠学序説 その26

「ラタラジューの事例」再考 その8

「ラタラジューの事例」セッション逐語録 その4

ラタラジューのネパール語会話(応答型真性異言)

 

ここからは、私と交代した対話者ネパール人女性カルパナさんのネパール語の質問に対して、顕現化したラタラジュー人格が、ネパール語で応答する応答型真性異言のセッションということになります。
ちなみに、ラタラジューのネパール語会話時間は24分間でした。

 前世人格ラタラジューのネパール語会話の評価について、3点の留意点を述べてみます。

①被験者里沙さんとネパール人女性対話者パウデル・カルパナさんとの事前の面識および、打ち合わせは一切ありません。私とカルパナさんとも事前の面識および打ち合わせも一切ありません。
カルパナさんを捜し出し、ネパール語対話者としてセットしたのは、中部大学大門正幸教授であり、セッション直前まで里沙さんも私も、カルパナさんについての情報は一切知らされていません。

②ラタラジューの父親はタマン族だと彼が述べており、ラタラジューが育ったであろうナル村の住民も2010年現在において97%がタマン族の村でした。
したがって、ラタラジューの母語はタマン語であり、ネパール語の運用能力が、十分ではないであろうと思われます。
したがって、会話中のネパール語単語で理解できない単語もあるでしょうし、よく似た発音を聞き間違え、別の意味に取り違えていることもあるでしょう。
こうした前提を踏まえてラタラジューのネパール語会話を評価する必要があります。

③ラタラジューは78年の生涯を送っています。
この78年の生涯のうち、どの時点であるかの特定のない質問には、ラタラジューは答えようがなく、したがって「解りません」、「知りません」などの回答になっていると推測できます。
たとえば、「あなたはどこに住んでいましたか?」の質問では答えようがなく、「30歳の時にどこに住んでいましたか?」という年齢を特定された質問であれば、「カトマンズです」と答えるといった具合になります。
このように、カルパナさんの質問には、年齢不特定の内容がかなりあり、ラタラジューには答えようがなかったと推測できます。
あるいは、ネパール語単語の意味が理解できず、質問の意味内容が「解りません」と答えていることもあると推測できます。


なお、次に紹介するセッション逐語録の「KA」はカルパナさん、「CL」は被験者里沙さんの意味です。
また、ネパール語発音はローマ表記とし、下( )内はその和訳です。

このネパール語会話部分の聴き取りと発話のローマ字表記については、朝日大学法学部博士課程留学生、ネパール語対話者パウデル・カルパナさんと、同じくネパール語を母語とする中部大学客員研究員カナル・キソル・チャンドラ博士の全面的ご協力をいただきました。



KA Tapaiko nam ke ho?  Nam ke ho tapaiko.
   (あなたのお名前は何ですか? お名前は何ですか、あなたの)

CL  Mero nam. Rataraju.
   (私の名前はラタラジュー)

KA  Kati barsa hunu bho?  Kati barsa hunu bho?
   (お年はいくつですか? お年はいくつですか?)
注:78年の生涯をもつラタラジューが、「お年はいくつ?」と尋ねられてもラタラジューは答えようがない。

CL  Ke.
   (何?)

KA  Umeru.
   (お年)

CL  Umeru.  Ah, umeru. Rana ... ah ... u ... a ... tis ... mero umeru ... umeru tis .
   (年、私の年は、ラナ、あー、30)
注:「ラナ」とはシャハ王朝を実質支配したネパール宰相家のこと。30歳の時にラナ家に関わる何かについて思い出していると推測できる。さらに、ラタラジューは日本語会話で「戦いました。・・・ラナ・・・シャハ・・・ラナ、戦いをした」と語っていることから、30歳のときにラナ家に関わった戦いをした、と推測できる。なお、ラナ家は独裁権力を握るために、1846年に有力貴族を殺害する権力闘争を起こしている。このときにタマン族青年が傭兵として戦った史実がある。これらのことより、1846年ラタラジュー30歳のときに、ラナ家の権力闘争に傭兵として参戦したと推測できる。



KA  Umer kati bhayo tapaiko? Tis barsa hunubho?
   (あなたのお年はいくつですか、あなたは30ですか?)
注:78年の生涯をもつラタラジューが「あなたは30ですか?」と尋ねられても答えようがないと思われる。「30の時にどこで何をしていましたか?」という問いであれば答えたであろう。


CL  ah ...
   (あー)

KA  Tapaiko pariwarma ko ko hunuhuncha?  Tapaiko pariwarma?  Jahan cha ki chaina   gharma
 (あなたの家族には誰がいますか? あなたの家族には。家に奥さんはいますか、いませんか?)

CL  Ah. Ke
   (あー、何?)

KA  Gharma shrimati hunuhuncha ki hunuhunna.
   (家に奥さんはいますか、いませんか?)
注:ラタラジューは、カルパナさんの質問のGharma(家)の意味が理解できない、あるいはdharma(宗教)の発音と聞き間違えている可能性が強い。このことは、もう少しあとの対話でも、「Gharma(家)では何を食べていますか」という問いに「シバ(シバ神)・・・dharma(宗教)」と答えていることから、ほぼ間違いないと思われる。また、一昔前のネパール人であるラタラジューには、shrimati(現代ネパール語の妻)の意味が理解できない。こうしたことから、ラタラジューには問いの意味が理解できず、Bujina (わかりません)と答えるしかなかったと推測できる。 

CL  ha ... ha ... Ma ... Bujina .
   (は、は、私、分かりません)

KA  Bujnubhaena?
   (分かりませんか?)

CL  Ah.
      (あー)

KA  Tapaiko chorako name ke re?
   (あなたの息子の名前は何ですか?)

CL  Adiu idya ... ah.
       (アディユ、イディア・・・あー)
注:この回答の意味不明

KA  Chorako nam.
   (息子の名前)

CL  Ah...ah...ke .
   (あーあー、何?)

KA  Chorako nam.Chora chori jana Kati jana?
    (何人の息子と娘がいますか?)

CL  Ah .. ah.. Bujhina.
   (あー、あー、分かりません)

KA  Bujhinubhayena. Chora chori dui jana hoina?
      (分かりませんか。息子と娘二人ですか?)

CL  Ho ... he ... ke ...abou ... oh ...
   (はい。へ、何、アボウ、おー)
注:abouは意味不明の発語。

KA  Tapaiko srimatiko nam ke re?
   (奥さんの名前は何ですか?)

CL  Oh jirali
       (おー、ジラリ)
注:jiraliは意味不明の発語。つまり、srimati(現代ネパール語の妻)が理解できないので、このような意味不明の発語になっていると思われる。

KA  Srimati, swasniko nam?
   (奥さん、奥さんの名前?)
注:カルパナさんは、Srimati, swasniの新旧2つの妻という単語を並べて尋ねている。

CL  Ah ... ah ... mero swasni Ramel...Rameli.
   (あー、あー、私の妻、名前、ラメリ、ラメリ)
注:ラタラジューは現代ネパール語の妻Srimatiが理解できず、一昔前の古いネパール語の妻 swasniは理解できたので、swasni に反応したということになる。この事実は、ラタラジューが100年以上前の古いネパール人であった傍証である。さらに、古いネパール語の妻 swasniという単語を、日本人である里沙さんが学ぶ機会は限りなくゼロに近い。つまり、里沙さんがネパール語を学んでいない、というポリグラフ検査の鑑定結果を裏付ける証拠でもある。


KA  Chorako nam chahi?
   (あなたの息子の名前は何ですか?)

CL  Ah ... ei ... el ... el ... nam ... el ... ei ... kujaus.
   (あー、え、名前、クジャウス)
注:息子がクジャウスで娘がアディスであることは2005年のセッションでも述べている

KA  Kujaus? Chora? Chori?
   (クジャウス? 息子ですか、娘ですか?)

CL  Tiru.
       (チル)
注:TiruはChoraの異形か?

KA  Chora?
   (息子ですか?)

CL  Tiru.
   (チル)

KA  Chori chaki chaina?
   (娘はいますか、いませんか?)

CL  Adis.
   (アディス)

(その27へつづく)

2014年10月20日月曜日

SAM催眠学序説 その25

「ラタラジューの事例」再考 その8

「ラタラジューの事例」セッション逐語録 その3

ラタラジューとの日本語会話


ここまで、被験者里沙さんの守護霊との対話をした後、憑依を解いてもらい、魂表層の前世人格ラタラジューと交代してもらいました。
応答型真性異言実験に入る前に、ラタラジューとの日本語での対話をおこない、2005年6月4日に初めて顕現化した、「タエ」の次の生まれ変わりである「ラタラジュー」が語った内容が、4年後の今回セッションでも同様であるかを確認したかったからです。
その結果は、4年前と同じでした。
したがって、今回顕現化したラタラジュー人格と、4年前に初めて顕現化したラタラジュー人格は同一人格であると判断できます。
もし、今回のラタラジュー人格が、未浄化霊などの憑依現象だとすれば、里沙さんに4年間憑依し続けていたか、セッションの都度憑依したことになり、そのようなことは考えにくいと思われます。
また、セッションの手続きとして、魂状態に遡行し、魂表層に存在しているラタラジュー人格を呼び出していますから、ラタラジュー人格は、魂表層の前世人格だと判断することが妥当だと思われます。
こうした意識現象の事実は、SAM前世療法の「魂の二層構造仮説」に基づいて同じ手続きを踏めば再現性がある証拠であり、その意味でSAM前世療法は、科学としての資格の一端を有していると考えてよいのではないでしょうか。


TH あなたはラタラジューですね。はっきり答えてください。日本言語分かりますね。

CL ・・・はい。

TH あなたのお国はネパールでよろしいですね。

CL はい。

TH そして、あなたの住んだ村は何と言いました?

CL  ナル・ガウン(Nallu Gaun)。

注:ガウンの発音はネパール語で村(Gaun)のこと。私はこの時点でGaunの意味を知らないのでナルガウン村だと誤解していた

TH もう一度。

CL ナル・ガウン(Nallu Gaun)。

TH ナル村じゃないですね。もう一度、ナル・・・。

CL ナル・ガウン(Nallu Gaun)。
注:この時点でラタラジュー人格は、すでに村(Gaun)というネパール語単語を日本語に混在させている。興味深い現象である。

TH はあ、ナル・ガウン? もう一つ聞きます。あなたの村は高さで言うと高いところにあるのか、低いところにあるのか、中くらいのところにあるのか言えますか? 標高って分かりますか?  海からの高さです。どこですか、ナル・ガウンは。

CL ・・・カトマンズに近い。 
注:ナル村とカトマンズとの距離は直線距離で25kmである。しかし、いくつかの山の中腹を巻いて行く道なので、車でも2~3時間かかる。徒歩であれば1日仕事であろう。ラタラジューの感覚では、1日ほどかかる距離は「近い」ということか。


TH カトマンズに近い所ですか。それならね、あなたは、カトマンズに住んだことがありますか?

CL はい。

TH あなたの守護霊に禁じられていますが、そのカトマンズに住んでいた頃に、何か悪いことをしていましたか?  罪を犯していませんか?

CL ・・・戦いました。・・・ラナ・・・シャハ(Shah)・・・ラナ、戦いをした。
注:この意味は、シャハ王朝の実権を握った宰相家「ラナ家」が、実権を握るために他の有力貴族と権力闘争したことを指していると判断できる。それが1846年である。このラナ家の戦いにラタラジューは傭兵として参加した。守護霊の「ラタラジューは若い頃人を殺しています」という指摘はこの傭兵時代のことを指していると推測可能である。また、引き続いておこなったネパール語対話では、ラナという語と対になって30歳という語を2度に渡って言っている。このことから、ラタラジューは30歳のときカトマンズに住み、1846年のラナ家の戦いに傭兵として参加したと推測可能である。以上の推測から、1846年(ラナ家の権力闘争)で30歳であるなら、ラタラジューは1816年生まれということになる。その前の人生であるタエは1783年(天明3年)に人柱として溺死しているので、タエの死後33年を経てラタラジューに生まれ変わったことになる。


TH あなたはグルカ兵として戦ったのですか?  イギリス軍に雇われて・・・。

CL グルカ?

TH グルカではありませんでしたか?  戦った相手はどこでしたか?

CL ・・・父は グルカ。

TH お父様がグルカだったわけですか。あなたはグルカではなかった。

CL 父はタマン(Tamang)から来たグルカ。
注:ラタラジューの父親はタマン族でありグルカ兵であったらしい。

TH 分かりました。あなたは結婚して妻がいましたよね。妻の名前は何と言いましたか。

CL ラ・・・ラメリ。
注:妻の名ラメリは4年前のセッションの回答と同じ。

TH 子どもは何人いましたか?

CL 二人。

TH それぞれ男の子ですか?

CL カンチャ(kancha)・・・アディス・・クジャウス。男アディス、女クジャウス。
注:kanchaとはネパール語で息子の意。男の子アディス、女の子クジャウスの回答は4年前のセッションと同じである。ここでもカンチャ(kancha)というネパール語単語が混在している。

TH そうすると一家は四人だったのですね。あなたの村には、何か寺院のようなものはありますか? お寺。

CL ・・・ダルマ(Dharma)? 
注:ネパール語で宗教の意。私は達磨(だるま)のことかと誤解した。ただし、この後のネパール語対話セッションでは、ネパール語の発音で「ダゥーマ」と発音している。

TH ダルマって何ですか? 達磨(だるま)さんのこと? お寺のことですか?

CL 達磨さん? ダルマ(Dharma)。

TH  ダルマってあなたの信じていた宗教、神様ですか。・・・あなたは年号ってわかりますか? 西暦。

CL 西暦?
注:ネパールでは西暦を用いない。また、村長クラスでもネパールの暦(ヴィクラム暦)のカレンダーを使っている家はほとんどないという。ラタラジューはカレンダーを知らないし、当然西暦の概念もないと思われる。これは4年前のセッションでも同様であった。

TH 分かりませんか。じゃあね、カレンダーみたいなものはありませんか。

CL カーレンダ?

TH 分かりません? 暦。

CL 暦? 

TH でも、あなたは村長さんでしょう。今日が何月何日かわからないと困るでしょう。そういうことが分かるものが何かありませんか。思い出しますよ。毎日、毎日一枚ずつめくったものかも知れないし。分かりませんか?

CL ・・・。 

TH それではね、これからはもうネパール人として、ネパール語を話していらっしゃったときに戻ってください。今は、あなたにつながっている「現世の者」が、あなたに日本語を通訳しています。もう私は話をしません。それで、あなたは、ネパール語でお話してくださって構いませんよ。いいですか? ここにはネパール人の女性が来ていますから、ネパール語でちょっとお話してください。ゆっくりでいいですから必ずネパール語を思い出します。前回も少しですが、間違いなくネパール語を話していますから、今日はもっと思い出すことが多くなっているはずですからね。いいですか、ゆっくりとお話してくださいね。いいですか?
注:「前回」とは2005年のセッションを指している。

CL はい。


注:ここから後、私は女性ネパール人対話者カルパナさんと交代し、いよいよネパール語による応答型真性異言の実験セッションへと移ることになります。


(その26につづく)

2014年10月16日木曜日

SAM催眠学序説 その24

「ラタラジューの事例」再考 その7

「ラタラジューの事例」セッション逐語録 その2

里沙さん守護霊との対話

2006年12月22日夜、里沙さんにお願いして彼女の守護霊との直接対話実験をさせてもらいました。
きわめて深い催眠中 に中間世へと導き、そこで偉大な存在者を呼び出して憑依してもらい、私が直接対話するという実験は、拙著『前世療法の探究』のタエの事例で紹介してあると おりです。
それを再度試みようというわけです。その理由は次のような四つの質問の回答を得るためであり、憑依の真偽の検証を試みるためでもありました。


1 タエの事例は、偶然語られたものか、何かわけがあって語られたものか?

2 私に突如あらわれたヒーリングのエネルギーは、どこから送られてくるものか? その治療エネルギーが私にあらわれた理由が何かあるのか?

3 スピリットヒーリング能力のある者は、たいていは霊視などの霊能力を持っているが、私のエネルギーがそうであるなら、なぜ私に霊能力がないのか?

4 私の守護霊の素性が分かるならその名を教えてもらえないか?

この憑霊実験は、里沙さんの知人からの依頼で前世療法セッションを実施した際、彼女が付き添いとして同行してきた機会を利用して実現したものです。
その 知人のセッション後、私のほうから彼女に再度の憑霊実験のお願いをしました。

実験前に彼女に伝えておいた質問内容は、上記2(私のヒーリングエネルギーの 出所)のみでした。
1・3・4の質問について彼女には知らせることを意図的に伏せて実施しています。
伏せた意図は、彼女に前もって回答を準備できる時間を 与えないためです。

里沙さんに憑依したと思われる、彼女の守護霊を主語とする存在者との40分にわたる対話の録音を起こし、できるだけ生のままの語りの言葉を用いて、上記 四つの質問に対する回答を要約してみると以下のようになります。

ただし、質問はこれ以外にもいくつかしていますから、それらの回答を含めて下記5項に整理 し要約してあります。

①タエの事例は偶然ではありません。計画されあなたに贈られたものです。計画を立てた方はわたくしではありません。計画を立てた方はわたくしよりさらに上におられる神です。
 タエの事例が出版されることも、新聞に掲載されることも、テレビに取り上げられることもはじめから計画に入っていました。
 あなたは人を救うという計画のために神に選ばれた人です。

②あなたのヒーリングエネルギーは、霊界におられる治療霊から送られてくるものです。治療霊は一人ではありません。治療霊はたくさんおられます。その治療霊が、自分の分野の治療をするために、あなたを通して地上の人に治療エネルギーを送ってくるのです。

③あなたの今までの時間は、あなたの魂と神とが、あなたが生まれてくる前に交わした約束を果たすときのためにありました。今、あなたの魂は大きく成長し、神との約束を果たす時期が来ました。神との約束とは、人を救う道を進むという約束です。
 その時期が来たので、ヒーリング能力も前世療法も、あなたが約束を果たすための手段として神が与えた力です。しかし、このヒーリングの力は万能ではありません。善人にのみ効果があらわれます。悪とはあなたの進む道を邪魔する者です。
 今あなたを助ける人がそろいました。どうぞたくさんの人をお救いください。

④神はあなたには霊能力を与えませんでした。あなたには必要がないからです。霊能力を与えなかった神に感謝をすることです。

⑤守護霊に名前はありません。わたくしにも名はありません。あなたの守護霊はわたくしよりさらに霊格が高く、わたくしより上におられます。そういう高い霊 格の方に守られている分、あなたには、成長のためにそれなりの試練と困難が与えられています。これまでの、あなたに生じた困難な出来事のすべてがはじめか らの計画ではありませんが、あなたの魂の成長のためのその時々の試練として与えられたものです。
 魂の試練はほとんどが魂の力で乗り越えねばなりません。わたくしたちはただ見守るだけです。導くことはありません。わたくしたちは魂の望みを叶えるために、魂の成長を育てる者です。
 霊能力がなくても、あなたに閃くインスピレーションが守護霊からのメッセージです。それがあなたが迷ったときの判断の元になります。あなたに神の力が注がれています。与えられた力を人を救う手段に使って人を救う道に進み、どうぞ神との約束を果たしてください。


こうした里沙さんの守護霊との憑依実験が、応答型真性異言実験セッションの3年前にあり、この守護霊の上記回答から、私は里沙さんの守護霊を信頼するに足る存在だと判断しています。

付記すれば、2006年12月22日の里沙さんの守護霊のこの憑依実験の2週間後、2007年1月11日夜から、私あての霊信現象が1ヶ月間に渡って始まるという超常現象が起こっています。

ラタラジューの応答型真性異言実験セッションは、2009年5月9日におこないました。
応答型真性異言現象を意図的・計画的に実験セッションとしておこなうことは、イアン・スティーヴンソンも試みたことがない世界初の実験です。

地上の人間が、生まれ変わりの科学的検証のために実験セッションを試みることは恐れ多いことかもしれない、という不安が私には濃厚にありました。

こうした経緯から、このセッションのまずはじめに、里沙さんの守護霊に憑依していただき、霊界側の意向を尋ねてみようとしました。
里沙さんの守護霊とは2006年12月以来の再会になります。

以下は、ネパール語での対話の前におこなった、私と里沙さんの守護霊とのやりとりです。

注:THはセラピスト稲垣、CLはクライアント里沙さんの略号です。



TH  あなたは魂の表層にいるものの中で現世の方ですか? 口頭で答えてくれますか?

CL はい。

TH  あなたは現世の方ですね。

CL はい。

TH  あなたは、私が知る限りでは、三回目の生まれ変わりの方ですね。
一人はタエで、もう一人はネパール人村長さんのラタラジューです。
これから、その方と交替してもらおうと思っていますが、その前にあなたの守護霊とお話したいことがあるので、これから五つ数える間、祈ってください。
守護霊にどうぞ降りて来てください、どうぞ憑依してくださいと祈ってください。
そうすると、守護霊が降りて来てあなたに憑依してくださるはずです。
そして、私とお話してくださるはずです。
では数えますよ。
1・2・3・4・5。
・・・あなたは里沙さんの守護霊でいらっしゃいますか?

CL  ・・・はい。

TH  お久しぶりですね。
この前あなたは、自分は霊界では異例の存在で、それは私に霊界の情報を伝えるのが守護霊としての使命だからそうですが、そして、私の求めに応じて、いつでも降りてきてくださるということでした。
そこで、お聞きします。  
今日は、里沙さんのすぐ前の人生のラタラジューを呼び出すセッションを始めようとしています。
それについて守護霊であるあなたの許可は出ますか?

CL  ・・・はい。

TH もう一つお聞きします。「タエの事例」は、あなたよりもっと上におられる方の計画によって 、私に贈られたとあなたは前回答えています。
それが本になることも、新聞に載ることも、テレビに出ることもすべては計画に入っていたということでした。
では、今日ラタラジューを呼び出すセッションをやることも、ひょっとして、計画のうちに入っていますか?

CL ・・・はい。


TH 私はこれから真性異言という里沙さんが学んだはずがないネパール語で話せるかどうかを実験的にやろうとしています。
そういう実験的なセッションを許してもらえますか?

CL  ・・・はい。
注:守護霊が、今回実験セッショは計画に入っている、という回答を聞いて、私はこの実験セッションの予言と受け取った。つまり、応答型真性異言があらわれるという予言である。
そして予言どおりに、それまで世界で4例しか認められていない応答型真性異言現象がネパール語によって語られたのである。私が里沙さんの守護霊を信頼するに足ると判断している所以である。


TH あなたの方から私に何か注意することがあったら、おっしゃってください。

CL ・・・一つあります。・・・ラタラジューは・・・若い頃人を殺しています・・・深くは・・・。

TH  それを暴くな、ということですか? 深くは追及してはいけませんか?

CL はい。

TH 分かりました。ラタラジューの犯した罪については深く追及しないことをお約束します。他にはありますか?

CL 魂の・・・構造は、・・・複雑です。
・・・魂を包む・・・意識は、・・・過去に・・・生まれ変わった・・・ものだけではありません。
多いものは、二千、三千・・・それらは・・・みな魂の・・・要因・・・。

TH 生まれ変わっているのは、すべて人間として生まれ変わっているのですか?

CL  ・・・人・・・以外のものも。・・・宇宙・・・。

TH  宇宙人ですか? 地球外の星の生物として生まれ変わっていることもあるということですか?

CL そうです。・・・魂は・・・すべて・・・霊界の意識と・・・繋がりながら・・・分かれた・・・。
注:地球外の星の前世を持つ者がいる、という守護霊の回答は意味深い。実際、宇宙人としての前世の者が顕現化することが複数例起こっている。

TH その魂の集団として一つであるようなものを、あなたに分かるかな、
類魂と呼んでいいのかな? 
その類魂から分かれて生まれ変わると聞いたことがあります。
そのように解釈していいですか?

CL ・・・近い。

TH 実はタエのセッションのときに、あなたはこんなことを言いました。
タエの魂は、どんどん生まれ変わっていって、最後は私の一部になりますとおっしゃっていた。
あなたを守護霊だと私は思っていますが、類魂としての守護霊なんですか?

CL そうです。
 

TH もう一つ、聞きたいことがあります。
あなたのような存在をハイヤーセルフと呼んでよろしいですか? 
地上の人間たちにはそう呼ぶ人たちがいます。
非常に叡智に満ちた存在で、自分の中ではないはずで、霊界にいるあなたのような存在を指してハイヤーセルフと呼んでいると考えていいのですか?

CL それぞれ、・・・呼び名は・・・自由。

TH それでは、あなたを里沙さんにとってハイヤーセルフと呼んでもいいですか?
 間違いではありませんか?

CL いいです。
注:守護霊、ハイヤーセルフ、類魂の相互関係は今ひとつ不明である。

TH もう一回いいですか? 
これから私のやろうとしていることは、生まれ変わりの現在もっとも有力な証拠とされている真性異言という現象を、ラタラジューが話すかというセッションをやろうとしています。
地上の人間である私が、生まれ変わりの証拠を科学的につかもうということは間違ったことではありませんか?
許されますか?
科学的に証明しようとしています。

CL ・・・許されます。

TH そうですか。それを聞いて安心しました。
もう一つ。
ラタラジューはネパール人です。
それなのに日本語が分かるということは、翻訳、仲立ちをしているのは魂の表層の「現世のもの」と考えてよろしいですか?
 「現世のもの」は、魂の表層のものたちとお互いに友愛を結んで、知恵を与え合っていると聞いています。
そうであるなら、魂の表層にいる「現世のもの」が、日本人である私とネパール人であるラタラジューの間を取り持ってくれて、翻訳のようなことをしてくれていると考えていいですか? 
違いますか、これは。
注:この質問と守護霊の回答は、私にとってきわめて重要であった。なぜなら、魂表層は前世の者たちによって構成されている、というSAM前世療法の作業仮説の検証になるからである。この作業仮説をよりどころにすれば、日本語を知らないはずのラタラジューが日本語で会話できる謎も解ける。魂表層で前世の者たちとつながっている「現世の者」が、私の日本語をネパール語に翻訳してラタラジューに伝え、ラタラジューのネパール語を日本語に翻訳して、ラタラジューが日本語で私に伝えることを可能にしている、ということになる。

イアン・スティーヴンソンは、この点について次のように推測している。

 「私がとくに解明したいと考えている謎に、イェンセン(注:スエーデン人)やグレートヒェン(注:ドイツ人)が、母語でおこなわれた質問に対しても、それぞれの母語で答えることができるほど英語をなぜ理解できたのかという問題がある。イェンセンとグレートヒェンが、かつてこの世に生を享けていたとして、母語以外の言葉を知っていたと推定することはできない。二人はしたがって、自分たちが存在の基盤としている中心人物(注:アメリカ人被験者のこと)から英語の理解力を引き出したに違いないのである。(『前世の言葉を話す人々』P235)

里沙さんの守護霊の回答を信じるとすれば、「 自分たちが存在の基盤としている中心人物(注:被験者のこと)の『魂表層の現世の者から』英語の理解力を引き出したに違いないのである」と考えるべきである。


CL ・・・あなたの言ったことはそのとおりです。・・・私たち魂は・・・自然に理解できます。

TH それでは、これから三つ数えますから、あなたは憑依を解いてください。
代わりに魂の表層にいるラタラジューと交替をしてください。
そうしたら初めに私が日本語で話しますから、ラタラジューにも日本語で答えてもらいます。
その後、ネパール人の女性がここにいますから、ネパール語でやりとりできるかというセッションをしていきます。
では、三つ数えますよ。ラタラジューと交替してください。1・2・3。


(その25につづく)

2014年10月12日日曜日

SAM催眠学序説 その23

「ラタラジューの事例」再考 その6

 「ラタラジューの事例」セッション逐語録 その1


これより数回に分けて「ラタラジューの事例」のセッション逐語録を紹介していきます。

ラタラジュー人格が、初めて顕現化したのは、2005年6月4日でした。
この顕現化は、「タエの事例」に引き続いて、タエの次の生まれ変わりを探ったところ現れたものです。
このセッションで、ラタラジュー人格は、ネパール語らしき異言を、私の要求に応えて二言ばかり発語しています。


「ラタラジューの事例」2005年6月4日の初回セッション逐語録


注:THはセラピスト稲垣、CLはクライアント里沙さんの略号です。


TH: じゃあ、里沙さんの魂に戻ってください。あなたは、おタエさんが最初の人生でした。その後にも生まれ変わりを繰り返したといいます。里沙さんに生まれ変わる直前の人生に戻ってください。その人生の一番楽しかった場面に戻りますよ。じゃ、三つ数えるとその場面をはっきり思い出すことができます。1・2・3・・・はっきり思い出しましたか?

CL ・・・ラタラジュー。・・・ラタラジュー。

TH あなたは日本人ではないですか?

CL ネパール。

TH ネパール人?

CL ゴルク。

TH ゴルカ?

CL ラー。ラタラジュー。

TH それは何語か分かりますか? 私の言ってること分かりますか? 今、お話ししたのは日本語ではないですね。何語でしょう?

CL ネパール。

TH ネパール語? で、なんてお話ししてくださったんですか? 翻訳してください。

CL ・・・わたしは、ネパール、ナル村に住むラタラジューという村長です。

TH 男性ですか。

CL そうです。

TH あなたの奥さんの名前は?

CL ・・・ラメリ。 

注:4年後の再セッションでも妻の名をラメリと答えている

TH 子どももいますね。上の子の名前は?

CL ・・・アディス、クジャウス。
注:4年後の再セッションでも息子アディス、娘クジャウスと答えている。
 

TH そのネパール語で、あなたの一番楽しかった場面をゆっくりお話ししてください。

CL ・・・。

TH お話しできませんか? その場面を是非ともお話ししてください。はっきり分かりますよ。それがあなたの前世を証明する証拠の一つになるかもしれません。ゆっくりと発音してくれませんか。

CL ・・・。

TH じゃ、「わたしは、ネパールのナル村の村長です」ってネパール語で言ってくれませんか。

CL アディドウーダ、イリ、ナル、アディス。
注:この発話は、4年後の検証で、「他の人と比べると彼女を思い出させる」 という意味に受け取れるという鑑定であった。


TH 「わたしには子どもが何人いて、長男の名前はだれだれです」と言ってもらえませんか。

CL ・・・。

TH はっきり思い出すことができますよ。あなたが生きた人生ですからね。ネパール人として、村長として。「わたしには何人の子どもがいて、上の子の名前はこれこれです、下の子はこれこれです、妻はこれこれです」と言ってください。

CL ・・・んん。

TH 出てきませんか? それじゃ、これからゆっくり五つ数えるとはっきりと頭の中にすーっと浮かんできますよ。1・2。だんだん鮮明になってきました。3、ずーっとはっきりしてきた。4、もう当時の言葉がすらすら話せる状態ですよ。5。もう話せますよ。さあ、お話ししてください。

CL ・・・んん。

TH じゃ、簡単にしましょう。「わたしの妻の名前はこれこれです」でいいですよ。それなら言えるでしょ?

CL アードウー、カドウール、ナトリ、メモリス。              
注:この発話は、4年後の検証で、「今日私はカトマンズからムグリンへ行って」 という意味に受け取れるという鑑定であった。


TH じゃ、少し頭を冷やしましょう。これからちょっとの間休みましょう。また声をかけるまでゆっくり頭を冷やしてください。(5分ほど休憩)では続けましょう。あなたが村長さんとして生きているネパールの国王の名前は分かりますか? 

CL グルカ。グルカコスターレス。                                       

TH あなたが村長さんでいらっしゃる生きているのは何年ですか? 西暦で答えられますか?  西暦分かりませんか?

CL 西暦?

TH 西暦が分かりませんか。何年のお話でしょう。
注:現在でも村長レベルの家でさえネパール暦のカレンダーはないことが多い。ネパールの公式の暦はヴイクラム暦という太陰暦である。したがって、ラタラジューがカレンダーを知らないこと、西暦を知らないことは十分ありうると思われる。

CL 59歳。

TH あなたの年齢ですね、それは。何年のことか分かりませんか? 私が何を聞いてるか理解できませんか?

CL 分からない。

TH そうですか。それじゃだめですね。国王の名前は分かるのですね。

CL グルカ。

TH そのときにカレンダーはないんでしょうか? あなたの生きている59歳のときの。

CL カレンダー?

TH ネパールにはカレンダーがない?(CL頷く)今、あなたはどこにいるのですか?

CL 畑。

TH 周りを見てください。何が見えますか?

CL 沼地。・・・虫、虫!

TH 虫がいますか。刺しますか?

CL (頷く)・・・ヒル。

TH でも、楽しいことがきっとある人生でしたよ。そこへ行きましょう。もう少し進めましょう。どんな楽しいことがありましたか?

CL ・・・。

TH じゃ、指定しますよ。あなたは村長さんでしたからきっと楽しい食事ができたはずですよ。家族と一緒の夕食の場面へ行きましょう。三つで行きますよ。1・2・3。食卓を囲んでますか? ごちそうですか? 何を食べるんですか?

CL  トウモロコシ。

TH そのまま食べるのですか?  

CL 粉。蒸す。

TH パンみたいにして食べるのですか。ほかには何か食べるものありますか?

CL イモ。

TH ジャカイモ? サツマイモ? どんな芋でしょう。

CL ・・・イモ。

TH 何か牛乳みたいなものありますか? バターとか。

CL ない。

TH それでは、あなたの人生を終える場面へ行ってみましょうね。その場面で、あなたがその人生で何を学んだのか一番よく分かりますよ。じゃあ、死の間際へ行きましょう。死はね、蝉が殻を脱いで飛び立つように、次の新しい人生へ飛び立つ入り口ですから、何も恐いことはありません。それでは三つ数えるとあなたの死の間際まで行きます。1・2・3。・・・今どこにいますか。

CL 家。寝てる。

TH 今、あなたはどうしてますか? 病気ですか、老衰ですか?

CL 老衰。
注:4年後の再セッションでは、腹通をともなう病気で死亡したと言っている。

TH 年は何歳ですか。

CL 78。
注:4年後のセッションでも死亡年齢は78歳だと答えている。

TH 周りに誰かいてくれますか? 妻はいますか? 子どもは?

CL 妻はいる。子どもはそばにいない。

TH その家族の誰かと、現世の里沙さんと深いつながりのある人はいませんか?

CL いない。

TH 老衰で亡くなりますよ・・・。今、あなたは肉体を離れました・・・。あなたは、そのネパール人の人生で何を学びましたか? どんなことを学びましたか。

CL 生きて、人と、平和な、村を守る、喜びを、感じました。願わくは、字が読めるようになりたかった・・・。

TH ああ、あなたは、字が読めなかったのですか。
注:ネパール人の識字率は2000年において成人40%である。その100年以上前に生きたラタラジューが文盲であることは十分ありうると思われる

CL はい。勉強をしたかった・・・。

TH あなたは今魂なんですが、次は里沙さんに生まれ変わるわけですか?

CL はい。

TH これまで、二つの人生を見てきました。これから、あなたは、現世の里沙さんの身体の中に戻りますよ。そのときには、この二つの人生で見た学びをしっかり生か  して、これからの里沙さんの人生を、より充実して生きる力がきっと生まれていま  すよ。いいですか。きっと素敵な人生を送れます。難病に耐えて、あなたは自分の使命を果たす勇気と力を取り戻して、たくましく生きることがきっとできますよ。  では、ゆっくり五つ数えます。目が覚めたときには、すっきりしてとても気持ちよ  く目が覚めます。そして、今の催眠中に起きたことは、すべてはっきり思い出すことができます。いいですか、ではゆっくり戻りましょう。1・2・3。もう戻ってきますよ。4、もう身体に入りましたよ。5。さあ、これですっかり里沙さんの身体に入りました。ゆっくり、目を開いていいですよ。


2005年の初回セッションは、これで終了しています。その後、2009年の再セッション(応答型真性異言実験セッション)まで、一切里沙さんのセッションはおこなっていません。

(その24へつづく)

2014年10月7日火曜日

SAM催眠学序説 その22

「ラタラジューの事例」再考 その5

ラタラジューは前世人格の顕現化か異物霊の憑依現象か


ここでの論証は、唯物論への論証ではありません。

生まれ変わり仮説を認めない唯物論者には、これまでの「ラタラジューの事例再考」 その1~その4で、虚偽記憶や潜在記憶などでは、あるいは超ESP仮説であっても、「ラタラジューの事例」という応答型真性異言現象が、生まれ変わり仮説以外では説明不可能であることを証明してきました。

ここでは、「霊魂仮説」を認める立場から、ラタラジュー人格は、前世人格ではなく(生まれ変わりではなく)、異物としての憑依霊の憑依現象ではないか、という反論に対する論証をしてみたいと思います。

さてそのために紹介する体験報告は、私が研究資料として被験者里沙さんにお願いして書いていただいたものです。
イアン・スティーヴンソンの研究文献にも、応答型真性異言の被験者の体験報告はありません。
こうした現状から、応答型真性異言の被験者の意識内容の体験報告は、きわめて貴重な研究資料であると私は考えています。
現行の意識内容の研究方法としては、その意識を体験した被験者の内観報告に頼るしかないからです。


こうして、ネパール語会話中の意識状態の内観によって、ラタラジュー人格が里沙さんの前世人格であるか、憑依した別人格であるかの一応の線引きができると考えられるからです。

ちなみに、前世人格と憑依人格を区別するための先行研究はまだありません。
なお、下記体験報告は、セッション2週間後に記述されたものです。

セッション中とその後の私の心情を述べたいと思います。
こうした事例は誰にでも出現することではなく、非常に珍しいことだということでしたので、実体験した私が、現世と前世の意識の複雑な情報交換の様子を細かく書き残すのが、被験者としての義務だと考えるからです。
 

思い出すのも辛い前世のラタラジューの行為などがあり、そのフラッシュバックにも悩まされましたが、こうしたことが生まれ変わりを実証でき、少しでも人のお役に立てるなら、すべて隠すことなく、書くべきだとも考えています。
 

ラタラジューの前に、守護霊と稲垣先生との会話があったようですが、そのことは記憶にありません。

ラタラジューが出現するときは、いきなり気がついたらラタラジューになっていた感じで、現世の私の体をラタラジューに貸している感覚でした。
タエのときと同じように、瞬時にラタラジューの78年間の生涯を現世の私が知り、ネパール人ラタラジューの言葉を理解しました。
 

はじめに稲垣先生とラタラジューが日本語で会話しました。 
なぜネパール人が日本語で話が出来たかというと、現世の私の意識が通訳の役をしていたからではないかと思います。

でも、全く私の意志や気持ちは出て来ず、現世の私は通訳の機器のような存在でした。
悲しいことに、ラタラジューの人殺しに対しても、反論することもできず、考え方の違和感と憤りを現世の私が抱えたまま、ラタダジューの言葉を伝えていました。
 

カルパナさんがネパール語で話していることは、現世の私も理解していましたが、どんな内容の話か詳しくは分かりませんでした。
ただ、ラタラジューの心は伝わって来ました。
ネパール人と話ができてうれしいという感情や、おそらく質問内容の場面だと思える景色が浮かんできました。

現世の私の意識は、ラタラジューに対して私の体を使ってあなたの言いたいことを何でも伝えなさいと呼びかけていました。
 

そして、ネパール語でラタラジューが答えている感覚はありましたが、何を答えていたかははっきり覚えていません。
ただこのときも、答えの場面、たとえば、ラタラジューの戦争で人を殺している感覚や痛みを感じていました。
 

セッション中、ラタラジューの五感を通して周りの景色を見、におい、痛さを感じました。
セッション中の前世の意識や経験が、あたかも現世の私が実体験しているかのように思わせるということを理解しておりますので、ラタラジューの五感を通してというのは私の誤解であることも分かっていますが、それほどまでにラタラジューと一体化、同一性のある感じがありました。
ただし、過去世と現世の私は、ものの考え方、生き方が全く別の時代、人生を歩んでいますので、人格が違っていることも自覚していました。 

ラタラジューが呼び出されたことにより、前世のラタラジューがネパール語を話し、その時代に生きたラタラジュー自身の体験を、体を貸している私が代理で伝えたというだけで、現世の私の感情は、はさむ余地もありませんでした。

こういう現世の私の意識がはっきりあり、片方でラタラジューの意識もはっきり分かるという二重の意識感覚は、タエのときにはあまりはっきりとは感じなかったものでした。
 

セッション後、覚醒した途端に、セッション中のことをどんどん忘れていき、家に帰るまで思い出すことはありませんでした。
家に帰っての夜、ひどい頭痛がして、頭の中でパシッ、パシッとフラッシュがたかれたかのように、ラタラジューの記憶が、再び私の中によみがえってきました。

セッション中に感じた、私がラタラジューと一体となって、一瞬にして彼の意識や経験を体感したという感覚です。
ただ全部というのではなく、部分部分に切り取られた記憶のようでした。
カルパナさんの質問を理解し、答えた部分の意識と経験だと思います。

とりわけ、ラタラジューが、カルパナさんに「あなたはネパール人か?」と尋ねたらしく、それが確かめられると、彼の喜びと懐かしさがどっとあふれてきたときの感覚はストレートによみがえってきました。 
 

一つは、優しく美しい母に甘えている感覚、そのときにネパール語で「アマ」「ラムロ」の言葉を理解しました。
母という意味と、ラタラジューの母の名でした。
 

二つ目は、戦いで人を殺している感覚です。ラタラジューは殺されるというすさまじい恐怖と、生き延びたいと願う気持ちで敵に斬りつけ殺しています。
肉を斬る感覚、血のにおいがするような感覚、そして目の前の敵が死ぬと、殺されることから解放された安堵で何とも言えない喜びを感じます。
何人とまでは分かりませんが、敵を殺すたびに恐怖と喜びが繰り返されたように感じました。
 

現世の私は、それを受け入れることができず、しばらくの間は包丁を持てず、肉料理をすることが出来ないほどの衝撃を受けました。
前世と現世は別のことと、セッション中にも充分過ぎるほどに分かっていても、切り離すのに辛く苦しい思いをしました。
 

三つ目は、ネパール語が、ある程度わかったような感覚です。
時間が経つにつれて(正確には夜、しっかり思い出してから三日間ほどですが)忘れていってしまうので、覚えているうちにネパール語を書き留めてみました。
アマ・ラムロもそうですが、他にコド・ラナー・ダルマ・タパイン・ネパリ・シャハ・ナル・ガウン・カトマンズ・ブジナ・メロ・ナムなどです。
 

四つ目は、カルパナさんにもう一度会いたいという気持ちが強く残り、一つ目のことと合わせてみると、カルパナさんの声はラタラジューの母親の声と似ていたのか、またはセッション中に額の汗をぬぐってくれた感覚が母親と重なったのか(現世の私の額をカルパナさんが触ったのに、ラタラジューが直接反応したのか、現世の私がラタラジューに伝えたのか分かりませんが、一体化とはこのことでしょうか?)母を慕う気持ちが、カルパナさんに会いたいという感情になって残ったのだろうと思います。
 

セッション一週間後に、カルパナさんに来てもらい、ネパール語が覚醒状態で理解できるかどうか実験してみましたが、もう全然覚えてはいませんでした。
また、カルパナさんに再会できたことで、それ以後会いたいという気持ちは落ち着きました。
 

以上が今回のセッションの感想です。
 

 

前世人格の顕現化と憑依現象の区別の指標


報告からも分かるように、里沙さんはセッション中のラタラジューとの一体感、同一性の感覚 があったことを明確に述べています。

また、セッション後に、諸場面のフラッシュバックがあったことや、いくつかのネパール語単語を思い出したことも述べています。

さらに、ラタラジュー人格の意識内容を里沙さんの意識がモニターし、二つの意識が併存していた記憶があったことも述べています。

ちなみに、この前世人格の意識とそれをモニターしている意識が分離され、しかも併存状態になることは、SAM前世療法一般に報告される共通の意識状態であり、ワイス式(ブライアン・ワイスの広めた技法)の前世療法では起こりえない意識状態のようです。 

さて、ラタラジュー人格が被験者里沙さんの学んだことのないネパール語で会話できたこと、その語り内容の事実との一致は検証できましたが、問題になるのは、この人格が「里沙さんの前世人格」であるのか、「里沙さんとは無関係の憑依現象」であるのかの見分けをすることです。

しかし、この見分けに関わる先行研究は一切ありません。

そこで、里沙さんにおこなった守護霊の憑依実験の考察と、宗教学のシャーマニズム研究、私のおこなってきた独自の作業仮説によるSAM前世療法の考察などから、次のような見分けの指標を持つことが妥当であろうと思っています。

前世人格か憑依人格かを見分ける最後のよりどころは、結局、自我を形成する魂は、おのれの前世人格であるか、他者である憑依人格であるかを、魂自身が根源であるがゆえに、見誤ることはあり得ない、という一種の信念に立ち返ることにしかないように思われます。

私が里沙さんにセッションから間を置かないで、セッション中の意識状態を内観して報告するようにお願いしたのは、最後は里沙さん自身の「魂」を信頼するしか見分けの指標はないと思っていたからです。
そして、そこから次のようなことが言えると思います。

SAM前世療法の作業仮説として、ラタラジューは「魂の表層」から呼び出しています。
魂がおのれの一部である前世人格と、「異物」である憑依霊と見誤ることはあり得ないでしょう。
ゆえに、里沙さんの「意識状態」の内観記録を信頼することは道理に適っていると考えます。

SAM前世療法の経験的事実として、異物であるラタラジュー霊が最初から憑依しているとすれば、里沙さんが魂状態の自覚に至ることを必ず妨害します。
したがって、魂状態の自覚に至ることができません。
しかし、事実はすんなり魂状態の自覚に至っています。
つまり、憑依霊はいないということになり、ラタラジュー霊が最初から憑依していた可能性を排除できます。

魂の自覚状態では、霊的存在の憑依が偶発的にも、意図的にも起こりやすくなることが確認されています。
魂の自覚状態では未浄化霊も高級霊も憑依することはセッションに現れる意識現象の事実です。
したがって、魂状態に戻ったときをねらって、異物であるラタラジュー霊が憑依した可能性は完全に排除できません。
しかし、4年前の最初のセッションで、タエの次の生まれ変わりとしてすでにラタラジュー人格は顕現化しています。
今回も、ラタラジューという前世人格を魂の表層から「呼び出して」顕現化させる手続きをとっています。

したがって、ラタラジュー人格が、異物としての憑依霊の憑依現象とは考えられません。

第一にモニター意識が、憑依霊を異物として感知しないはずがないでしょう。
里沙さんは、明らかにラタラジュー人格とおのれとの同一性の自覚があると報告しており、ラタラジューを異物として感知していないのです。

第二に異物としての憑依霊の憑依現象が起きたとすれば、憑依霊によって人格を占有されるわけで、その間の記憶(モニター意識)は欠落することが多いと報告されています。
これは宗教学のシャーマニズム研究の報告とも一致します。
シャーマンは、霊的存在の憑依状態の記憶が欠落することが多いとされています。
一方、里沙さんは、ラタラジューが会話している間の記憶が明瞭にあると報告しています。 

さらに、彼女の場合には、守護霊憑依中の記憶は完全に欠落することが、過去3回の守護霊の憑依実験から明らかになっています。
守護霊と稲垣先生との会話があったようですが、そのことは記憶にありません、と報告している通りです。
ラタラジューの会話中の記憶があるということは、ラタラジューが憑依霊ではない状況証拠です。
異物としての憑依霊の憑依現象ならば、その間の記憶は完全に欠落しているはずなのです。

しかも、ラタラジューには、真性異言会話実験後、魂の表層に戻るように指示し、戻ったことの確認後催眠から覚醒してもらっています。

SAM前世療法の経験的事実として、ラタラジューが憑依霊であれば、私の指示に素直にしたがって憑依を解くとは考えられません。
もし、ラタラジューが憑依霊であれば、高級霊とは考えにくく、未浄化霊でしょう。
とすれば、憑依を解くための浄霊作業なしに憑依が解消するとは考えられません。


里沙さんは、4年前の「タエの事例」以後、他者に憑いている霊や自分に憑こうとしている霊を感知し、それは悪寒という身体反応によって分かると報告しています。
ある種の霊能らしきものが覚醒したと思われます。
そのような里沙さんが、異物であるラタラジュー霊の憑依を感知できないとは考えられません。  

こうした諸事実から、ラタラジューが里沙さんの前世人格ではなく、まったく別人格の憑依霊の憑依現象だとするのでは、説明が収まりにくいと考えられます。

以上述べてきた考察から、私は、「同一性の感覚の有無」と「憑依様状態(人格変容状態)中の記憶の有無」の2つが、前世人格と憑依人格を線引きできる一応の指標になると考えています。

したがって、異物としてのラタラジュー霊の「憑依仮説」は、棄却してよいと判断できると思われます。

ちなみに、ある霊能者が「ラタラジューの事例」のテレビ放映を見て、「ラタラジューは憑依霊であり、彼は腹痛を訴えて死んでいるので、今後里沙さんはその憑依霊の霊障によって腹痛に苦しむことになる」などと自分のブログに書いていました。

これは2010年8月の放映直後のブログ記事ですが、2014年10月現在に至るまで、里沙さんが腹痛に悩まされるなどの不可解な霊障らしき症状は一切生じていません。
この霊能者(そこそこに有名らしい)の霊能力は、この程度に怪しげでいい加減なものであることが暴露された実証例です。



 (その23へつづく)

2014年10月1日水曜日

SAM催眠学序説 その21

「ラタラジューの事例」再考 その4

 

ラタラジューの語りの内容についての検証


「ラタラジューの事例」について、これまで「応答型真性異言」、すなわち、被験者里沙さんが現世で学んでいないネパール語という異言で会話してきたことの立証をしてきました。
私は、応答型真性異言である事実をもって、生まれ変わりの立証だと考えます。
それに加えて、ラタラジューの語り内容を検証し、語った事実とその検証事実が一致すれば、生まれ変わり仮説はさらに補強されると思います。
なぜなら、個々の語り内容が事実と一致しても、それだけではただちに生まれ変わりの証明にはならず、超ESP仮説が適用される余地があるからです。

①ナル村の実在について 

ラタラジュー人格が最初に現れたた2005年6月当時のグーグル検索では「ナル村」はヒットしませんでした。
このことは、拙著を読んだ大門教授も、同様に検索しておりヒットしなかったことを確認しています。したがって、初回セッション時に里沙さんがネット検索によって「ナル村」を知っていた可能性は排除できます。
ところが、2回目の実験セッション直後の2009年5月21日に、念のためグーグルで再度検索したところヒットしたのです。
それは青年海外協力隊の派遣先としてナル村が掲載されていたからでした。

その記事によれば、カトマンズから直線で南方25キロの距離にある小さな村でした。
そのローマ字表記のNalluで検索すると、ナル村は、ゴルカ地方に隣接するラリトプール地方のカトマンズ盆地内にあり、1991年の調査によれば、320世帯1849名、村民の言語の97%はタマン語であることが分かりました。
ラタラジューが日本語で語った「カトマンズに近い」、ネパール語で語った「父はタマン族」にも符合し、ナル村はこの記事の村だと特定できると判断できます。

私が現地調査を依頼した、ネパール在住のソバナ・バジュラチャリヤ博士(文化人類学)、ディック・バジュラチャリヤ氏夫妻の現地調査によれば、ナル村は海抜1800メートル、カトマンズ中心部から南へ34キロ(車で2~3時間)にあり、2010年現在、人口2,277人、420世帯の四方を山に囲まれた寒村でした。
人口の97%を占めるタマン族の90%以上が仏教徒、7%以上がヒンズー教徒であるということです。
自動車を用いると、未舗装の狭い山道を命がけで目指すという僻地にあり、観光客のけっして寄り付くような場所ではないということでした。

②ナル村の沼地とヒルの棲息について

 ラタラジューは、初回セッションで、ナル村の自然環境について、「沼地・・・虫虫!」と言うので、「虫がいますか。刺しますか?」と尋ねたところ、頷きながら「ヒル」と答えています。
おそらく虫とはヒルを指していると思われます。

ソバナ博士の現地調査では、ナル村には湿地が点在し、ヒルが相当多く棲息しており調査に同行した夫君ディパック・バジュラチャリヤ氏が、油断している隙に靴下に潜り込んだヒルに刺されたという報告がありました。
このナル村のヒルは、日本のものより一回り大きく、尺取り虫のような動き方をするヒルでした。
海抜1800mのナル村に、ヒルが棲息していることが私には驚きでした。
しかし、ラタラジューの言ったことが事実であることが検証できました。

③食物「ダル(豆のスープ)」と「コド(キビなど雑穀)」「トウモロコシ」について

「ダル」は、グーグル検索で「ダルチキンカレー」としてヒットしました。
「コド」はグーグルでもウィキペディアの検索でもヒットしませんでした。

ソバナ博士の現地調査によれば、コドはかつては主食であったが、現在は朝食かおやつとして食されているということでした。
豆のスープであるダルは、現在も炊いたご飯とともに主食になっているということです。
2005年の初回セッションで出てきた「トウモロコシの粉」については、現在もトウモロコシを使った料理が多いということでした。

また、50年ほど前までは、キビ・ヒエ・アワ、米などを栽培していたということですが、現在ではトウモロコシと野菜が中心作物になっているということです。
ラタラジューの食物についての語りの内容が、事実と一致していることが検証できたということです。

④ナル村での死者の扱いについて

ラタラジューは、死者を山に運び火葬にすると回答しています。

ソバナ博士の目撃調査によれば、遺体はヒマラヤが望める山の上まで運び、ヒマラヤに頭部を向けて安置し、頭蓋骨の一部以外すべ灰になるまで燃やし、頭蓋骨と灰を地中に埋納した後、しばらくして掘り出し、川に流すということです。
ここでも、ラタラジューの語りが事実と一致していることが検証できました。

ちなみに、ナル村には墓を建てる習慣がなく、墓石から死者の名を割り出すことは不可能でした。
また、ラタラジューが、「寺院に行くか」と尋ねられ「はい」と答えたように、ナル村には修復中の小さな寺院があることが確認されました。
ただし、それがいつごろから存在していたかは確認できませんでした。

⑤里沙さんの想起した風景スケッチ画の照合について

里沙さんは、ラタラジューの真性異言実験セッションの後、たびたびナル村らしい風景がかなり鮮明にフラッシュバックするようになったと言います。
そこで、その風景を想起するまま描いてもらってありました。

その風景スケッチ画は、画面右側に草の茂る湿原、左側に大きな池とそこに流れ込む小川があり、その小川をまたぐ木の小さな橋があり、橋を渡る小道が緩く曲がって伸び、背景にはさほど高くはない、重なり合う3つの山が見えるという構図でした。

アンビリバボーのナル村取材チームは、このスケッチ画を持ってナル村入りし、村内でこのスケッチ画の風景にほぼ一致する場所を特定しましたが、大きな池は存在しませんでした。
村民によれば、ナル村には絵にあるような大きな池はないということでした。

しかし、さらに詳しく調査した結果、30年ほど前には絵に描かれた場所に同じような大きな池が確かに存在し、その池は大洪水によって消滅していたことが確認できたのです。
スケッチ画の絵の風景構図と実際のナル村の風景構図のほぼ正確な一致は、単なる偶然では片付けられないように思われます。

また、このナル村の風景や村民がコドなどを焼いている映像を視聴した里沙さんは、突然トランス状態に入ると同時にラタラジュー人格が現れる、というハプニングが起きてしまいました。

こうした事実を重ね合わせてみますと、ラタラジューの語ったナル村は、現地調査をおこなったナル村であると特定して間違いないと思われます。

⑥Shah(シャハ王朝)とラナとの関係について

ネパール語で対話する前の私との日本語対話で「・・・戦いました・・・ラナ・・シャハ・・・ラナ、戦いをした」とラタラジューは語っています。
また、カルパナさんのネパール語対話でも「ラナ」という単語を4度発語しています。

シャハ王朝とラナ、および戦いとの関係はいったいどのようなことが推測できるのでしょうか。

シャハ王朝は、1768年に始まり最近廃絶した王朝です。
そのシャハ王朝で、1846年以後1951年まで、ネパールを実質支配する独裁権力を振るった宰相家が「ラナ家」です。

ラナ家が独裁権力を握るために、1846年に有力貴族を次々殺害するという流血の権力闘争がありました。
また、1885年にはラナ家内部で流血クーデターが起きています。

一方、タエが人柱になったのは1783年(天明3年)です。
それ以後にラタラジューとして生まれ変わったとされているのですから、彼がシャハ王朝とラナ家を知っていることに矛盾はありません。

したがって、ラタラジューが発語した「ラナ」とはネパール宰相家の「ラナ家」だと推測して間違いないと思われます。
とすれば、彼が「戦いました」という語りは、ラナ家がシャハ王朝内の独裁権力を掌握するための1846年の権力闘争あるいは、ラナ家内部の1885年のクーデターに際して、ラタラジューが傭兵として闘争に参加していることを意味していると推測されます。

さらにうがった推測をすれば、カルパナさんとのネパール語対話の中で「30歳」という年齢を答えた直後に、それに触発された記憶であるかのように「ラナ、ラナ」と発語していますから、ラナ家に関わる闘争への参加はラタラジューが30歳の時だと推測することが可能でしょう。

加えて、彼は若い頃カトマンズに住んで戦ったとも言っています。
また、30歳で戦いに参加したとすれば、里沙さんの守護霊とおぼしき存在の「ラタラジューは・・・若い頃人を殺しています」という語りにも符合することになります。


そのように仮定し、ラタラジューが30歳のときにラナ家の権力闘争に傭兵として参加し、彼が78歳で死亡したとすると、彼の生年・没年は、1846年の闘争参加なら1816年~1894年、1885年の闘争参加なら1855年~1933年となります。
里沙さんは1958年生まれですから、いずれの生年・没年でもは矛盾しません。

ソバナ博士の調査によれば、シャハ王朝が傭兵としてタマン族の青年たちを用いていたことは間違いない事実であるが、どのクーデターのときにどれくらいのタマン族傭兵が参加していたかという数字については定かではないという報告でした。


特筆すべきは、上記の推測を前提とすれば、タエ→ラタラジュー→里沙さんという生まれ変わりの間隔が特定できたということです。
つまり、タエの死亡1783年(天明3年)、ラタラジューの誕生1816年、ラタラジューの死亡1894年、里沙さん誕生1958年ですから、タエからラタラジューの生まれ変わり間隔は33年、 ラタラジューから里沙さんへの生まれ変わり間隔は64年ということになります。
または、ラタラジューの誕生1855年、死亡1933年とすれば、72年、25年の間隔で生まれ変わっていることになります。

私は、ナル村古老への聞き取り調査で、ラタラジューの情報が得られなかったことを考慮すると、前者の生まれ変わり間隔が妥当であろうと思います。
ラタラジュー死亡が1894年だとすれば115年前の人物であり、1933年死亡だとすれば76年前の人物となり、当然100年以上前の古い人物の情報が残っている可能性が希薄になるからです。

いずれにせよ、タエとラタラジューという2つの生まれ変わりが、双方ともに検証可能なほど具体的に語られ、双方の死亡と誕生、つまり生まれ変わりの間隔の年数が特定できたという事例は、世界に例がないと思います。


こうして、ラタラジューがラナ家に関わる闘争に傭兵として参加していたのではないかという推測が成り立つための裏付けが検証できたということです。

⑨ラタラジューの実在証拠について

残る最後の検証は、ラタラジューのナル村村長としての実在証明ということになります。
ナル村で現地聞き取り調査をし、100年程度前の村長ラタラジューの記憶を持つ子孫あるいは住民を発見することです。

ラタラジューは自分を文盲だと語っていますから、自身が記録を残していることはあり得ないことになります。
ちなみに、2000年においてネパール人の識字率は、成人40%(女性20%)というデータになっています。

また、ネパール語と言っても単一の言語ではなく、公用語の外に50以上の言語があるとされています。


こうして、識字率の極めて低いであろう100年程度前のナル村村民が彼の記録を文書として残していることもほぼ絶望的ですから、子孫または古老の記憶に頼るしかありません。
あるいは、ナル村を統治した地方首長などが、文字記録として残しているものがあれば、それを発見することです。 

この検証調査こそ、ソバナ博士に依頼した最大の目的でしたが、残念ながら現時点ではラタジューの実在を文字記録として確認するには至っていません。

ソバナ博士によれば、ネパールは1950年代以前の戸籍の記録のない社会であり、加えて1995年~2005年にかけて山村・農村の住民による反政府武装闘争が勃発、ナル村でも役場に保存されていた多くの個人情報の資料が焼かれたということです。

したがって、ナル村役場には村開発の企画書と投票者名簿以外の文書資料はなく、残りの資料は担当者が個人の家に持ち帰り散逸してしまっているので、資料からの調査は不可能な状態であるということでした。

また、34名の村の古老に聴き取り調査をした結果でも、ラタラジューおよび、その妻ラメリなど家族を知る確かな証言は得られなかったということでした。

聞き取り調査での証言の信頼性が保証されない理由として、みんな自分がラタラジューの子孫だと言いたがること、調査に協力すると何らかの利得があると思い込んでいるので嘘の情報を語っている可能性が疑われるからだということでした。

ただし、聞き取り調査の収穫がまったくなかったわけではありません。
38年前に80歳で死亡しているラナバハドゥールという長老は、若い頃には兵士であり、その後村に戻り、晩年はタカリ(長老)と呼ばれ、村の指導的存在だった、という確かな情報がその孫に当たる村民からの聞き取り調査で得られています。

つまり、ラタラジューの生涯に酷似した人生を送ったタマン族青年が実在していたということです。
この事実は、ラナバハドゥールが、青年時代を兵士として送った村長ラタラジューを知っており、それに倣って自分も兵士となり、その後帰村してラタラジューのように村の長老になったという可能性を示唆しているかもしれないからです。
つまり、ラナバハドゥールという人物の実在は、それと酷似した人生を送ったと語っているラタラジューが実在していても不自然ではないことを示しています。

前世人格ラタラジューは、応答型真性異言と、ナル村に関する語りの具体的事実に食い違いがないこととも相まって、その実在がきわめて濃厚だと判断してよいと思われます。


次回は、ラタラジューが、里沙さんの前世人格ではなく、里沙さんと関係のない憑依霊ではないか、という疑問についての見解を述べる予定です。
 
(その22へつづく)