2015年2月17日火曜日

SAM催眠学序説 その40

「タエの事例」再考 その6 セッション逐語録6(最終回)


この対話は「その5」に引き続き、里沙さんに憑依したとおぼしき守護的存在との対話です。

CLはクライアント里沙さんの略号、THはセラピスト稲垣の略号です。



TH:それはC分かっています。でも、おタエさんを記録した人はいませんでしょうか?

CL:女は、道具です。
注:この偉大な存在者(守護霊)の語りは、当時の男尊女卑への痛烈な批判を含んだ冷徹な語り口であった。とりわけ、人柱になったタエが捨て子であり、記録にさえ残されることのないことへの怒りがこもっているように感じられた。セッション後、タエがフラッシュバックで語ったことによれば、キチエモンとタエに関わって、キチエモンの妻ハツも知る公にできない不祥事が生じており、キチエモン夫妻は、人柱にこと寄せてタエの口封じを企てたという。まさにタエという少女は「道具」として扱われ人柱になった。それら諸事情をすべて知っている守護霊の怒りのことばかもしれない。

TH:道具でしたか。それでは、おタエさんを育ててくれた名主の・・・?

CL:クロカワキチエモン。
注:渋川市教委を通じて、渋川市史編集委員の郷土史家の蔵書の検索によって、当時の渋川村の名主が4名であったことが判明。そのうち一人がホリグチキチエモ ンであった。クロカワチエモンではなかった。2012年5月29日の再セッション(you-tube動画で公開)によって、クロカワキチエモンは、「クロカワのキチエモン」と呼ばれていたことをタエが語った。名主キチエモンの設置した吾妻川の船着場の石が黒かったので村の衆がそう呼んだという。つまり、「クロカワのキチエモン」は俗称であり本名ではなかった。本名をタエは知らないと語っている。ホリグチ家は初代以後、明治になるまで当主は代々ホリグチキチエモンを襲名し ていることが判明。村の衆は、当代ホリグチキチエモンを先代、先々代と区別するために「クロカワのキチエモン」と俗称で呼んだことは信憑性が高いと思われ る。タエが語った「クロダのキチエモン」も同様の俗称であった。こうして、このセッション(2005年6月4日)以来の謎であった、タエがクロダキチエモン、偉大な存在者がクロカワキチエモンと別性をそれぞれ語った理由の解決が、7年後の2012年になって決着した。ただし、なぜ、全部お見通しであるはずの偉大な存在者(守護霊)が、俗称の「クロカワのキチエモン」を語り、本名のホリグチキエモンを語らなかったのかという謎が浮上する。偉大な存在者(守護 霊)は、本名を知っていて敢えて語らなかったということだろうか。偉大な存在者(守護霊)が本名をズバリ語ったとすれば、通常では検索不可能に近い資料で しか検索できないだけに、偉大な存在者(守護霊)の実在の可能性の濃厚な証拠になる。それを韜晦するための計らいがあるのかも知れない。あるいは、別姓が語られた謎に、私がどこまで肉薄できるのかを試されたのかも知れない。

TH:そのクロカワキチエモンと連れ合いのハツは名主でしたから、その記録は残っているでしょうか?

CL:残っています。

TH:どこへ行けばわかりますか? 図書館へ行けば分かりますか? それとも?

CL:・・・資料はあります。
注:この偉大な存在者(守護霊)の語りも謎である。資料のありかをズバリ語らず韜晦しているとしか思えない。クロカワキチエモンがホリグチキチエモンである可能性の高い資料が郷土史家の個人蔵書で確認できた。後の調査で、ハツの実在を確認できる有力資料である寺の過去帳は、同和問題の関係から開示はされていない。当時の人別帳は焼失して現存していない。墓石からの発見も、200年前の古い墓碑銘が読み取れず空振りであった

TH:そこにハツの記録も残っているでしょうか? 多くのみなし子を育てたことぐらいは残ってるでしょうか?

CL:たくさんの文書は洪水で流され、田畑(でんばた)の帳簿、村の様子など書き記(しる)したものは、ほとんどありません。

TH:分かりました。そうすると、おタエさんの存在そのものの裏付けを取ることは、現在のわれわれには無理ですね。

CL:はい。

TH:ただ、馬頭観音のお堂の下に、おタエさんの左腕が、土石流の下に埋まっているのは間違いないですね。

CL:はい。

TH:なぜ、片腕が馬頭観音様の下に埋められることになったのですか?

CL:雷神様を乗せる馬を守るために、タエの左腕が供えられたのです。
注:2012年5月のタエの再セッションで、タエは馬も一緒に橋の柱に繋がれていたと語っている。

TH:それは切り落とされたわけですか? 刀によって?

CL:そうです。
注:左腕を切り落とされた重大事をタエは語っていない。これも大きな謎として残った。このセッションから7年後、2012年5月29日の再セッション(you-tube動画 で公開)で、タエにと尋ねたところ、人柱として送り出される酒宴で、ご馳走とともにキチエモンから酩酊するまで酒を飲まされたらしいこと、左腕を切り落とされたことは分からないが、左腕の付け根が「熱い」と語った。酩酊状態で鋭利な脇差しなどで一気に切り落とされた場合、「痛い」ではなく、「熱い」という感覚が残ることはありうるとの外科医の見解を得ている。おそらく、人柱として死を前にしたタエの恐怖心を麻痺させ、左腕を切り落とされる痛みをなくすために酩酊させたと推測できる。

TH:それにタエさんは耐えたわけですか。

CL:そうです。

TH:それはタエさんが望んで腕を差し出したわけですか?

CL:違います。馬が必死で暴れるので抑えるために、タエの腕を馬の口取りのために馬頭観音に捧げることになりました。
注:ここで言う「口取り」の意味を里沙さんは知らない。「ビールの口取り」なら知っているという。ここで言う口取りとは、馬の轡(くつわ)に付けた手綱を持って馬を引くことである。この意味の口取りは現代ではほぼ死語であり、競馬関係者くらいしか用いない。

TH:分かりました。もう一つ、あなたは偉大な存在者なので、私の探究が許されるなら、魂がおタエさんの後、里沙さんに生まれ変わるまでの間に、もし、生まれ変わりがあるとしたら、そこへ里沙さんをもう一度行かせることはいいでしょうか?

CL:はい。

TH:ありますか、やっぱり。

CL:はい。

TH:あなたならすべてお見通しなので聞きますが、里沙さんの魂は、今までどれくらい生まれ変わりを繰り返したのでしょうか? 回数、分かりますか?

CL:長く繰り返している。

TH:一番古くはどんな時代でしょう?

CL:天明、タエが初。
注:引き続いてのセッションで分かるが、タエ→ラタラジュー→里沙と3回の生まれ変わりをしている。

TH:もう一つ聞きます。その魂はいったいどこから生じるのでしょう?

CL:中間の世界。

TH:そうすると、あらゆる魂はもともと一つのところから生まれてくるのですか?

CL:中間の粒子が魂に生まれ変わります。

TH:中間の世界で粒子が魂になる。

CL:そうです。

TH:魂は永久に生まれ変わりを続けるわけでしょうか?

CL:粒子の色が消えると、生まれ変わりはなくなります。

TH:その魂は、中間の世界に留まることができるのですか?

CL:わたしの一部になります。
注:この「わたし」とは、偉大な存在者であり、守護的存在である。タエの魂がそうした存在の一部になる、という謎の語りは、偉大な存在者であり、守護的存在であるものが、スピリチュアリズムの説く「類魂(グループソウル)」でもあると考えられる。ただし、同レベルの霊的進化・成長を遂げた魂の共同体である「類魂(グ ループソウル)」が、守護的存在として一つの意志を持つ人格のような働きをするということを聞いたことがない。しかし、スピリチュアリズムでは、生まれ変わりの旅に出る魂は、類魂全体の成長進化をも担って、類魂から分かれ出ると言われている。とすれば、類魂全体が一つの人格的存在として働くのかも知れな い。このことを2009年5月の「ラタラジューの事例」セッションで、里沙さんの守護霊を呼び出して尋ねたところ、守護霊は「類魂としての守護霊」であると回答している。さらに、ハイヤーセルフと呼んでもいいとも回答している。

TH:分かりました。ありがとうございました。わざわざお呼び立てして、申し訳ありませんでした。でも、随分いろんな勉強になりました。
注:これで「タエの事例」再考は終了です。ただし、引き続いてタエの次の生まれ変わりを探ったセッションを続けました。そこで、ラタラジューが1回目の顕現化をすることになります。この
第1回目顕現化の逐語録は、「SAM催眠学序説その23」に公開してあります。
 


(SAM催眠学序説その41へつづく)

2015年2月9日月曜日

SAM催眠学序説 その39

「タエの事例」再考 その5 セッション逐語録5

ここの逐語録は、被験者里沙さんに憑依したとおぼしき彼女の守護霊(偉大な存在者) と私との対話です。

興味深いことに、催眠覚醒後の里沙さんには、守護霊の語った内容が、すっぽり記憶から抜け落ちており、まったく思い出すことができませんでした。
催眠中の記憶が、ところどころ抜け落ちて思い出せないことは、「催眠性健忘」という現象として知られていますが、里沙さんの場合は、25分間の守護霊の語りのすべてが完全に記憶から抜け落ちて思い出せませんでした。この里沙さんの場合は「催眠性健忘」では説明ができないように思われます。
文化人類学のシャーマニズム研究によれば、シャーマンがフル・トランス状態で、精霊などの憑依現象を起こしている場合には、その間の記憶について、完全な記憶喪失が生じると報告されています。

注:CL(憑依した守護霊)は被験者里沙さん、THはセラピスト稲垣の略

TH:さっき、あなたのおっしゃったことに勇気を得て、もう一つ聞きます。
今、あなたが語ったことが、その時代に生きたおタエさんしか知り得ないことだと いう証拠を、私はつかみたいと思っています。
その結果、前世というものが間接的にでも証明できたら、多くの人の人生観が変わって、特に死を間近にした人た ちに勇気を与えることができると思っています。
このセッションの場には、その研究をしていらっしゃる小野口さんという先生も来ています。
そういう人のため にも、おタエさんしか知り得ないことで、でも、われわれが後で調べたら何とか分かるような、そういう証拠の話か物がないでしょうか? 
そんなことを聞くの は傲慢(ごうまん)でしょうか? 
もし、お許しがあれば、それを教えていただけないでしょうか。

CL:傲慢ではありません。タエは・・・左腕をなくしています。渋川村上郷、馬頭観音下に左腕が埋まっています。
注:タエは、人柱になるに当たって、自分の左腕をなくしたことを一切語っていない。このような重大事をなぜ語らないのか大きな謎であった。この謎は7年後(2012年5月)の再セッションで明らかになった。このことは(その6)で記述する。

TH:それはおタエさんの左腕ですか?

CL:そうです。

TH:であれば、今は随分時代が下がってますから、骨になっていますね。

CL:そうです。

TH:その骨が、渋川村、上郷、馬頭観音の下ですか?

CL:そうです。

TH:下ということは、馬頭観音様は外に立っていらっしゃいますか? お堂の中ではない?

CL:お堂です。お堂の下を掘るとタエの左腕が出てきます。

TH:それが、タエが実際に存在した証拠になりますか?

CL:そうです。

TH:馬頭観音様が祀られているのはお寺でしょうか?

CL:馬頭観音は寺ではありません。小さなお御堂(みどう)です。

TH:それは現在でもありますか?

CL:あります。
注:現渋川市上郷地区で、「小さなお御堂」と言えるような石の馬頭観音は一基だけある。山手にある良珊寺参道脇の道を少し入った山林に囲まれた場所であることを現地で確認した。 石の馬と並んで石灯籠状に祀られた馬頭観音であった。この石灯籠状のお御堂の銘文には「享保一五年(1730年)」と刻んである。天明三年は1783年な ので50年余前に建立されている。これが偉大な存在者の告げた馬頭観音だと特定して間違いないであろう。渋川市上郷地区の馬頭観音は、ネット検索してもヒットしない。もちろん里沙さんは、渋川市という地名すら知らなかった。

TH:おタエさんの左腕を探すためにはその床下を掘れということですか?

CL:土、下。
注:石灯籠状の馬頭観音お御堂であるので、当然床はない。石のお御堂は直接土の上に灯籠のように建ててある。したがって、床下ではなく「土、下」と告げるしかない。「土、下」の意味が分かったのは、セッション後に現地の馬頭観音堂を実際に確認してからのことである。

TH:どのくらい掘ったらいいのでしょうね?

CL:土石流で埋まっているので・・・。
注:上郷馬頭観音お御堂付近の現地調査では、土石流の痕跡が確認できなかった。守護霊は、私がタエの実在証拠を求めて掘り起こすことを予想して、土石流によって骨を見つけることができない、といった予防線を張り、はぐらかしたのではないかと疑った。しかし、2012年になって、私の読者がネット検索によって渋川市 のハザードマップを見つけ出した。ハザードマップによれば、上郷馬頭観音お御堂付近には、過去に実際土石流被害のあったことが確認できた。守護霊の告げ た「土石流に埋まっているので」という語りは本当であった。

TH:ちょっと掘れない。でも、埋まっているのは間違いない?

CL:はい。
注:もし、発掘した結果、200年程度昔の10代女性の左腕の人骨が発見されたとすれば、タエの実在証明に大きな成果となるであろう。同時に、守護霊の実在の間接的証明にもなると考えられる。

TH:分かりました。それ以外に、もっと何とかなる方法で、おタエさんの存在を証明する何かがありませんか? たとえば、おタエさんを、村の人たちが供養のために何かしていませんでしょうか?

CL:何も残してはおりません。村は洪水で壊滅状態になりました。
注:守護霊の告げている「村」は、渋川村を指していない。「田畑少々水入る 人壱人流」が渋川村の被害報告である。壊滅状態にはほど遠い被害である。 渋川村より上流の村々の洪水被害を指している。ちなみに、すぐ上流にある川島村(現渋川市川島地区)では「家百一三間(軒)、人七六人、馬三六疋」の被害 報告があり、まさに壊滅状態であった。なお、この各村ごとの被害状況を一般人が知るための資料は、『渋川市史巻五』の資料編に掲載されている「浅閒焼泥押流失人馬家屋書上帳」しかない。里沙さんが、この資料にアクセスした痕跡はない。これはポリグラフ検査でも裏付けられている。

TH:おタエさんのことは、郷土史か何かの記録には残っていませんか? 語り継ぐ人はいませんでしたか?
注:「浅間焼泥押」被害に限らず、渋川市に伝わる人柱伝説の文書等の有無を、渋川市史編集委員である郷土史家に調査していただいたが、人柱伝説の類は発見でき なかったという回答を得ている。どうやら、タエの人柱については「何も残してはおりません」という守護霊の語りはそのまま受け取るしかないようである。村人が何も残していない理由を、このあとで「女は道具です」という語り方で、守護霊は冷徹に言い放っている。

CL:たくさんの人が浅間山の噴火を記録しました。


(その6に続く)

2015年2月3日火曜日

SAM催眠学序説 その38

「タエの事例」再考 その4 セッション逐語録4

ここからは、里沙さんに憑依してもらった「偉大な存在者」、いわゆる彼女の守護霊との対話です。この守護霊との対話は25分間続きました。
これは、催眠を用 いて、意図的に憑依させた霊との対話実験というほうが適切でしょう。
この守護霊との対話実験は、この場で思いついたインスピレーションです。
タエの魂が 「偉大な存在者」と出会い、対話できたことを報告したので、それならばその存在と私が直接対話することが可能であるかどうか、試みることを思いついたわけ です。
この守護霊との対話は25分間続きました。
前世療法中に、こうした霊的存在との対話実験がおこなわれたという話を、私は寡聞して知りません。
私にとっ て、初めての冒険的試みでした。

注:THはセラピスト稲垣、CL(憑依した守護霊)は被験者里沙さんの略

TH:じゃ、一つ聞きますよ。そのあなたのいる魂の世界に、たとえば、私の愛する人が待っていて、生まれ変わりがまだなら、私もそこへ行けば会えますか?
注:この質問は、セッション見学者小野口裕子氏(現可児市教育委員長)から依頼されていた。機会があれば是非探ってほしいと依頼されていたので、質問してみたということである。

CL:はい。会えます。

TH:もう、生まれ変わりをしていたらどうなりますか?

CL:必ず出会います。

TH:生まれ変わりをしていても出会えますか、魂どうしは?

CL:はい。
注:先に他界し、生まれ変わりをすでにしている魂に、後で他界した魂が、霊界でにおいてなぜ「必ず出会える」のか? 2005年12月、里沙さんの守護霊との対話実験再セッ ションでその謎解きを告げられている。霊界において魂は、「類魂(グループ・ソウル)」という、魂どうしがひとまとまりの集団を形成しているという。生まれ変わりは、この類魂から一個の魂が分離され生まれ変わりの旅に出る。ただし、分離するとはいえ、類魂に分身を残している。したがって、霊界には分身としての 魂が常在しているということになる。だから、後で霊界に来た魂は、先に霊界に来ている「魂の分身」と「必ず出会える」ということらしい。彼女の守護霊は、 自分は霊界では異例の存在だと言う。その訳は、自分は稲垣に霊界の消息を教えることが使命になっているからだということであった。こうした経緯があるの で、私は里沙さんの守護霊を信頼し、憑依してもらっては霊界の情報を入手している。霊的現象や霊界のことは信頼できる霊界の住人に聞け、というのが私の探究方法である。ただし、霊的存在の語りの真偽は、語り内容の検証ができない限りにおいて、判断留保としている。おそらく、里沙さんは、すぐれた霊媒資質を備えていると考えられる。

TH:もう一つ聞きますよ。今、あなたは偉大な存在者そのものになっていますね。じ ゃあその方は、時間も空間も超越していますから、今、私が、こうやって前世療法のセッションをしていることも、きっとお見通しのはずですね?

CL:はい。

TH:じゃ、聞きます。多くの人が、前世のことは現世に生まれ変わると、忘れて出てきません。でも今、里沙さんは深い催眠状態で前世のことを語ってくれましたが、もともと人間は、前世のことを忘れて生きるようにできていますか?

CL:はい。

TH:それを、無理矢理こうやって、催眠によってほじくり出すことは罪なことでしょうか? どうでしょう。
注:この問いは、前世療法に携わるようになってから、私が抱き続けてきた畏れである。

CL:そうではありません。人を救う手段であります。人を救う手段であれば、罪なことではありません。あなたは、それができる人なので、たくさんの人を苦しみから救うことが使命であると。
注:この守護霊の回答は、裏を返せば、人を救う以外の目的に用いてはならないということである。
 

TH:私の使命ですか。

CL:そうです。

TH:であれば、私がこうやって前世療法をやった後は、二人の人からとっても憔悴(しょうすい) しているように見えるそうです。命を縮めているんじゃないかって言われています。そういうことになっていますか? どうでしょう。命を縮めることですか。
注:実際、この「タエの事例」のセッション直後には疲労困憊し、膝ががくがくになって歩行がままならない状態に陥った。前世療法は、セラピストの命を縮める所業ではないかと真剣に心配していたのである。

CL:違います。できる限りたくさんの人を救います。

TH:分かりました。じゃあ私は、それを自信を持ってやっていいのですか?

CL:はい。

TH:他に、私に伝えておかなければならないことがあれば、どうぞおっしゃってくだ さい。

CL:世界にたくさんの悩める人がいます。必ず出会います。力を尽くすよう。力を尽くしてお救いください。

TH:はい。私はそういう道を進むのが使命ですか?

CL:そうです。

TH:もう一つ聞きます。大きな謎ですよ。おタエさんは、人柱となって一六歳で短い 一生を終えました。そのおタエさんの魂が、今、平成の現世では里沙さんとして生まれ変わっています。その里沙さんは、側湾症という治る見込みのない苦しい 病に罹(かか)っています。なぜ、苦しみを二度も味あわねばならんのですか? いかにも不公平な人生ではありませんか。そのわけは何でしょう?

CL:魂を高め、人を救う道に位置付きし人です。

TH:里沙さんがそういう人ですか。

CL:そうです。

TH:じゃあ、側湾症になるということも、里沙さん自身が、あなたのいらっしゃる中間世で決められたことなんですか?
注:「中間世」と「霊界」とは同義として用いる。中間世は前世療法でもっぱら使用される。霊界という用語は宗教色が濃厚であるので敬遠されていると言えよう。

CL:そうです。

TH:それは、里沙さん自身が魂として選んだ道なんですか?

CL:「わたし」が選びました。

TH:「わたし」とは、魂の「わたし」なのか、それとも偉大な存在である「わたし」 のことですか? どちらですか?
注:この質問のニュアンスは微妙である。後に分かってくることであるが、「偉大な存在者である私」は類魂そのものである、と「偉大な存在者」が答えている。 したがって、「魂のわたし」は、類魂を構成している存在であり、類魂である「偉大な存在者」の構成員でもあることになる。推測するに、類魂の一員としての 里沙さんの魂が、類魂全体の意志を担って魂を高めるための生まれ変わり(脊柱側湾症の苦難の道)を選んだということであろう。つまり、類魂とそこに所属する里沙さんの魂とは一体であり、不可分の存在だと思われる。そして、類魂においては、そこに所属する個々の魂どうしが、それぞれの生まれ変わりにおいて獲得してきた智慧を分かち合い、類魂全体の霊的成長・進化を図るようになっているという。ただし、このセッション時点で、私には上記のような霊学的知識の素養はまったくなかった。里沙さんも同様であった。

CL:魂の「わたし」が選びました。
注:「魂のわたし」とは、「類魂全体としてのわたし(偉大な存在者)」でもある、と解釈してよいと思われる。

TH:もし、そのことを現世の里沙さんがはっきり自覚できたら、彼女は救われるでしょうか?

CL:救われます。

TH:その苦しみを乗り越えるだけの力を得ることができますか?

CL:できます。

TH:また、聞きますよ。お答え願えますか? 浅間山の噴火のときに雷が起きましたか?
注:噴火による火山灰の摩擦によって火山雷と呼ぶ雷が生じる。天明三年浅間山大噴火の火山雷のすさまじさは、当時の絵図に描かれている。

CL:はい。

TH:そのことを、雷神様と人々は言うのでしょうか? 雷のことを。

CL:そうです。まだ、噴火、自然現象は分からない人たちですから、魔物のせいだと思ったのです。

TH:龍神様はなんのことでしょう?

CL:浅間山は信仰の山です。龍神が祀られています。
注:浅間山に龍神信仰があったことは、浅間山麓嬬恋村の住人によって確認した。「偉大な存在者」はいい加減なことを告げているわけではない。

TH:その龍神が、お山が火を噴いたために住めなくなって、川を下るというように人々は思ったわけですね。

CL:そうです。

TH:それから、そのときの噴火によって空が真っ暗になって、日が射さなくなって、 火山灰が降り注いで、農作物は不作になりますよね。その結果、下界ではどんなこと が起きたのでしょう?あなたはご存じのはずですが、教えてもらえますか?

CL:噴火による土石流で川が堰(せ)き止められ、そのため洪水が起き、たくさんの人が亡くなりました。
注:この事実が「浅間焼泥押(あさまやけどろおし)」と呼ばれる大泥流洪水の被害である。吾妻川、利根川流域で流死者1500人あまりが出た。この時点で、 私はこうした史実をまったく知らなかった。もちろん里沙さんも知らない。それは2009年のポリグラフ検査で確認できた。

TH:その川の名前が吾妻川でしょうか?

CL:そうです。利根川の上流になります。
注:私は吾妻川の実在はもちろん、それが利根川の上流で合流していることもまったく知らなかった。もちろん、里沙さんも知らない。里沙さんの知らない「浅間 焼泥押」の被害や吾妻川が利根川の上流になっていることを「偉大な存在者」が語っている。里沙さんが、超ESP(万能の透視能力やテレパシー)を用いて、 「浅間焼泥押」被害や吾妻川の情報を入手して、「偉大な存在者」として役割演技をして語っているという、超ESP仮説および、催眠学による説明、つまり、 里沙さんの心の力ですべて説明するには無理があると私は思う。ちなみに、私は、このセッションで、宗教色を薄めるために「偉大な存在者」と表現している が、守護霊と呼ばれている存在と同義である。

(その5へ続く)