2015年4月18日土曜日

SAM催眠学序説 その45

前世人格顕現化中の意識状態 その2

「ラタラジューの事例」中の意識状態

応答型真性異言発話中の意識体験の報告は、これまで世界に例がありません。
この意味で、「ラタラジューの事例」を語った里沙さんの体験報告は世界初のものです。
きわめて貴重なものであるとともにきわめて興味深いものと言えそうです。
この体験報告は、セッション後10日経過した時点で書いていただいたものです。
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セッション中とその後の私の心情を述べたいと思います。
こうした事例は誰にでも出現することではなく、非常に珍しいことだということでしたので、実体験した私が、現 世と前世の意識の複雑な情報交換の様子を細かく書き残すのが、被験者としての義務だと考えるからです。

思い出すのも辛い前世のラタラジューの行為などがあり、そのフラッシュバックにも悩まされましたが、こうしたことが生まれ変わりを実証でき、少しでも人のお役に立てるなら、すべて隠すことなく、書くべきだとも考えています。

ラタラジューの前に、守護霊と稲垣先生との会話があったようですが、そのことは記憶にありません。注1 
ラタラジューが出現するときは、いきなり気がついたらラタラジューになっていた感じで、現世の私の体をラタラジューに貸している感覚でした。注2

タエのときと同じように、瞬時にラタラジューの78年間の生涯を現世の私が知り、ネパール人ラタラジューの言葉を理解しました。注3
 

はじめに稲垣先生とラタラジューが日本語で会話しました。
なぜネパール人が日本語で話が出来たかというと、現世の私の意識が通訳の役をしていたからではないかと思います。注4
でも、全く私の意志や気持ちは出て来ず、現世の私は通訳の機器のような存在でした。

悲しいことに、ラタラジューの人殺しに対しても、反論することもできず、考え方の違和感と憤りを現世の私が抱えたまま、ラタダジューの言葉を伝えていました。

カルパナさんがネパール語で話していることは、現世の私も理解していましたが、どんな内容の話か詳しくは分かりませんでした。
ただ、ラタラジューの心は伝わって来ました。注5

ネパール人と話ができてうれしいという感情や、おそらく質問内容の場面だと思える景色が浮かんできました。現世の私の意識は、ラタラジューに対して私の体を使ってあなたの言いたいことを何でも伝えなさいと呼びかけていました。

そして、ネパール語でラタラジューが答えている感覚はありましたが、何を答えていたかははっきり覚えていません。ただこのときも、答えの場面、たとえば、ラタラジューの戦争で人を殺している感覚や痛みを感じていました。注6

セッション中、ラタラジューの五感を通して周りの景色を見、におい、痛さを感じました。
セッション中の前世の意識や経験が、あたかも現世の私が実体験しているかのように思わせるということを理解しておりますので、ラタラジューの五感を通してというのは私の誤解であることも分かっていますが、それほどまでにラタラジューと一体化、同一性のある感じがありました。注7

ただし、過去世と現世の私は、ものの考え方、生き方が全く別の時代、人生を歩んでいますので、人格が違っていることも自覚していました。 
ラタラジューが呼び出されたことにより、前世のラタラジューがネパール語を話し、その時代に生きたラタラジュー自身の体験を、体を貸している私が代理で伝えたというだけで、現世の私の感情は、はさむ余地もありませんでした。注8

こういう現世の私の意識がはっきりあり、片方でラタラジューの意識もはっきり分かるという二重の意識感覚は、タエのときにはあまりはっきりとは感じなかったものでした。

セッション後、覚醒した途端に、セッション中のことをどんどん忘れていき、家に帰るまで思い出すことはありませんでした。
家に帰っての夜、ひどい頭痛がして、頭の中でパシッ、パシッとフラッシュがたかれたかのように、ラタラジューの記憶が、再び私の中によみがえってきました。
セッション中に感じた、私がラタラジューと一体となって、一瞬にして彼の意識や経験を体感したという感覚です。注9
ただ全部というのではなく、部分部分に切り取られた記憶のようでした。
カルパナさんの質問を理解し、答えた部分の意識と経験だと思います。 

一つは、優しく美しい母に甘えている感覚、そのときにネパール語で「アマ」「ラムロ」の言葉を理解しました。母という意味と、ラタラジューの母の名でした。

二つ目は、戦いで人を殺している感覚です。
ラタラジューは殺されるというすさまじい恐怖と、生き延びたいと願う気持ちで敵に斬りつけ殺しています。
肉を斬る感覚、血のにおいがするような感覚、そして目の前の敵が死ぬと、殺されることから解放された安堵で何とも言えない喜びを感じます。
何人とまでは分かりませんが、敵を殺すたびに恐怖と喜びが繰り返されたように感じました。

現世の私は、それを受け入れることができず、しばらくの間は包丁を持てず、肉料理をすることが出来ないほどの衝撃を受けました。
前世と現世は別のことと、セッション中にも充分過ぎるほどに分かっていても、切り離すのに辛く苦しい思いをしました。

三つ目は、ネパール語が、ある程度わかったような感覚です。
時間が経つにつれて(正確には夜、しっかり思い出してから三日間ほどですが)忘れていってしまうので、覚えているうちにネパール語を書き留めてみました。
アマ・ラムロもそうですが、他にコド・ラナー・ダルマ・タパイン・ネパリ・シャハ・ナル・ガウン・カトマンズ・ブジナ・メロ・ナムなどです。

四つ目は、カルパナさんにもう一度会いたいという気持ちが強く残り、一つ目のことと合わせてみると、カルパナさんの声はラタラジューの母親の声と似ていたのか、またはセッション中に額の汗をぬぐってくれた感覚が母親と重なったのか(現世の私の額をカルパナさんが触ったのに、ラタラジューが直接反応したのか、現世の私がラタラジューに伝えたのか分かりませんが、一体化とはこのことでしょうか?)
母を慕う気持ちが、カルパナさんに会いたいという感情になって残ったのだろうと思います。

セッション一週間後に、カルパナさんに来てもらい、ネパール語が覚醒状態で理解できるかどうか実験してみましたが、もう全然覚えてはいませんでした。注10
また、カルパナさんに再会できたことで、それ以後会いたいという気持ちは落ち着きました。

 以上が今回のセッションの感想です。このことから、私が言えることは、①生まれる前から前世のことは知っていたこと、それを何かのきっかけで(私の場合は前世療法で)
思い出したこと、②生まれ変わりは確かにあること、③前世にとらわれることなく現世を生きなければならないこと、です。

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注1:里沙さんの場合、彼女の守護霊が憑依している間の記憶が完全に喪失される。霊媒資質が高い被験者ほど、憑依中の記憶喪失現象が観察される。これは憑依中には、憑依霊に完全に人格を明け渡すことが起きているからではないかと考えられる。

注2: ラタラジューに自分の体を貸している感覚、こそSAM催眠学が提唱している「自己内憑依」現象である。つまり、自己の内部に息づいている前世人格が自分の体に憑依して自己表現しているというとらえ方をするのである。このことは、彼女の守護霊の「ラタラジューは憑依だととらえなさい」という指摘によっている。彼女の場合「前世人格の自己内憑依」であれば憑依中の記憶は明確に残る。

注3:ラタラジューの話すネパール語を理解した、と里沙さんは語っているが、正確には「ネパール語らしき異言を語っているこ」とが分かり、同時にその心情を理解したということであり、ネパール語そのものを理解できたわけではない。ただし、そうした異言を話しているときのラタラジューの心情はよく伝わってきたということである。

注4:この問題は、なぜネパール人のラタラジューに日本語の質問が理解できたのかというきわめて興味深い問題である。しかし、SAM前世療法によって顕現化する外国人の前世人格は、一般にセラピストの日本語の質問を理解でき、日本語で回答できるのである。
ラタラジューが日本語を知らないはずであるにもかかわらず、私との日本語会話がなぜできるのか、という謎である。
そして、この謎は、他のSAM前世療法のセッションで顕現化する、日本語を知らない外国人前世人格が、セラピストの私との日本語会話がなぜできるのかという謎とも直結している。
こうした謎は、「前世記憶の想起」を前提とするワイス式前世療法では回避できる。
現世のクライアントが、外国人であった前世の記憶を想起して語るわけでるので、クライアントが母国語で語って当然だからである。問題意識の起こりようがない。
さて、この謎について、唯一言及している科学者がイアン・スティーヴンソンである。
彼は、応答型真性異言現象を、さすがに「前世の記憶」として扱うことは不可能だと考えた。
退行催眠中に顕現化した「トランス人格(前世人格)」と呼び、次のような解釈を試みている。
ちなみに、退行催眠中に現象した応答型真性異言の公表は、「ラタラジューの事例」を含めて、これまで世界でわずか3例のみである。
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私が特に解明したいと考えている謎に、イェンセンやグレートヒェンが母語(スウェーデン語とドイツ語)でおこなわれた質問と同じく、英語でおこなわれた質問に対しても、それぞれの母語で答えることができるほど英語をなぜ理解できたのかという問題がある。
イェンセンとグレートヒェンが、かつてこの世に生を享けていたとして、母語以外の言葉を知っていたと推定することはできない。
二人は、したがって、自分たちが存在の基盤としている中心人物(英語を母語とする被験者のこと)から英語の理解力を引き出したに違いないのである。
(『前世の言葉を話す人々』P235)
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このことは、ラタラジューにも当てはまる謎である。
なぜ、ネパール人前世人格ラタラジューが、知っているはずのない日本語を理解し、私と対話できるのかという謎である。
だから、応答型真性異言実験セッションの最初に、「ラタラジューはネパール人です。それなのに日本語が分かるということは、翻訳、仲立ちをしているのは魂 の表層の『現世の者』と考えてよろしいですか? 」という質問を里沙さんの守護霊にしてみた(『生まれ変わりが科学的に証明された』P46)。
これに対して、里沙さんの守護霊とおぼしき存在も、そのとおりだと認めている。
また、「魂レベルでは言語の壁がなくなり自然に分かり合える」とも告げている。
つまり、SAM催眠学の「魂の二層構造仮説」のように、魂の実在を仮定すれば、スティーヴンソンの「特に解明したい謎」に解答が出せるかもしれないということである。
魂の表層に存在し、ラタラジューとつながっている「現世の者(現世の人格を主として担っている者)」が通訳をしているという説明ができることになる。
「現世の私の意識が通訳の役をしていたからではないかと思います」という里沙さんの報告はこのことを指していると解釈できる。
こうして、前世人格の存在する座を「魂の表層」である、とするSAM催眠学の作業仮説の検証は、ますます意味深い作業になると思っている。
なぜならば、スティーヴンソンは、呼び出された「トランス人格(前世人格)」が応答型真性異言を話すことまでは言及しても、その「トランス人格(前世人格)」の存在する座はいったいどこにあるのか、その仮説まで言及しようとしていないからである。
ただし、彼は、「前世から来世へとある人格の心的要素を運搬する媒体を『心搬体(サイコフオア)』と呼ぶことにしたらどうか」(『前世を記憶する子どもたち』P359)とまでは提唱している。
SAM前世療法は、それ以上言及されなかった前世人格の存在する座までも検証することになるからである。
スティーヴンソンは、スウェーデン人の前世人格イェンセン、ドイツ人の前世人格グレートヒェンが、「自分たちが存在の基盤としている中心人物(英語を母語とする被験者のこと)から英語の理解力を引き出したに違いないのである」と確信的に述べている。
この文脈からすれば、スウェーデン人の前世人格であるイェンセン、ドイツ人の前世人格グレートヒェンは、彼らの生まれ変わりである現世の者の「脳内から英語の理解力を引き出した」ことになる。
では、前世人格イェンセン、前世人格グレートヒェンも、中心人物の脳内に存在しているのだろうか?
肉体の死とともに消滅する脳に、前世人格が存在することはありえない。
前世から来世へとある人格の心的要素を運搬する媒体である「心搬体(サイコフオア)」に、前世人格イェンセン、前世人格グレートヒェンは存在している、とスティーヴンソンは述べるべきであったと、私は思う。
そう考えることができなかったのは、スティーヴンソンがセラピストではなく生まれ変わりの研究者であり、したがって、私のようにSAM前世療法を実践するための切実な作業仮説を必要としなかったからであろうと思われる。

注5:里沙さんにはラタラジューのネパール語会話そのものは理解できないが、魂表層から顕現化しているラタラジューの心、感情を共体験できたということである。SAM前世療法一般にこうした前世人格の感情を共体験することが起こる。

注6:注5に同じ。こうしたラタラジューの感情を共体験することによって、前世人格ラタラジューとの「同一性の感覚」が生まれると考えられる。


注7:「ラタラジューの五感を通して周りの景色を見、におい、痛さを感じました」とも報告されている。まさに「同一性の感覚」である。

注8:前世人格顕現化中の意識には、「前世人格の意識」と「現世の意識」の2つが併存状態になる。しかし、「現世の意識」は、「前世人格の意識」に干渉することは一切できない。ただひたすら前世人格とセラピストの対話を傾聴するだけである。前世人格ラタラジューに「体を貸している私が代理で伝えている」という意識状態である。SAM催眠学では、このことを「自己内憑依」と呼ぶ。

注9:里沙さんの場合、タエにしてもラタラジューにしても、セッションで十分に語り尽くせないことをセッション後にフラッシュバックで伝えるという現象が起こっている。タエは人柱になった裏事情を伝え、ラタラジューは自分が毒殺によって殺されたことを伝えている。このフラッシュバックは、催眠を用いないときでも、自己内憑依現象が無意識的に起きたと考えられる。こうしたフラッシュバックによって前世人格が語り尽くした後には、再びフラシュバックが起こることはおさまるようである。里沙さんによれば、フラッシュバック後はそれまで聞くことも嫌であった渋川村やナル村という語にまつわる嫌な感じが消え、懐かしい感じに変わったという。

注10:この実験はきわめて興味深い。魂表層からラタラジューが顕現化しているときの、ネパール人ラタラジューでないとネパール語が話せないということである。ラタラジューが「前世の記憶」ではなく、「前世人格の顕現化」であるからこその応答型真性異言現象であると言える。したがって、ラタラジュー人格の顕現化していない覚醒中の里沙さんには、ネパール語会話はまったくできないのである。


2015年4月12日日曜日

SAM催眠学序説 その44

前世人格顕現化中の意識状態 その1

「タエの事例」の第一回セッションは、2005年3月31日におこなっています。
その二ヶ月後の第二回セッションは、2005年6月4日におこなっています。
「タエの事例」こそ、「被験者の前世の記憶」を探る、という前提から、「顕現化した前世人格の語り」を探る、という前提へと転換を迫られた事例です。
そして、タエの語り内容を検証し始めて、でたらめが1つもないということが明らかになってきた時点で、被験者里沙さんに、セッション中の意識内容をできるだけ詳しく思い出して報告してほしいという要請をしました。

下記のセッション記録は、第二回セッション100日後に書かれたものです。
「タエの事例」が、現行唯物論では説明できず、現時点において「生まれ変わり」仮説を実証するきわめて貴重な事例であることに鑑みて、このセッション記録は、前世人格の顕現化現象を研究する第一級の資料だと考えています。
なぜなら、生まれ変わり研究の先駆者イアン・スティーヴンソンですら、こうした被験者のセッション中の意識内容の報告を入手していないからです。
そして、現行科学において、「意識現象の内容そのものの」研究は、その意識現象を体験した被験者の体験報告にたよる以外の方法論がいまだにないからです。

なお、 報告文章の「注1~6」についてのコメントが、末尾に述べてあります。

 

「タエの事例」中の意識状態

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私のこれまでの人生後半は、痛みとの闘いでした。特に、子どもを生んでからは側湾症が悪化し、辛い日々を過ごしてきました。
痛みから、夜眠ることもままならない状態になり、次第に「死んで痛みから解放されたい、楽になりたい」と死を望むようになりました。
でも、こんなことではいけないと、以前、子どもの不登校を催眠面接で治していただいた稲垣先生に、前世療法をお願いすることになりました。
 私の望みは、前世療法により、痛みに耐えて強く生きるきっかけを作り出すことにありました。

二回目のセッションを受けた後、三日間ぐらいは、セッション中の記憶が鮮明過ぎるほどにあり、そのせいか、こめかみあたりに鈍い頭痛が続きました。
頭痛が消えると同時に、記憶も急速に薄れました。四か月あまり経って記憶が薄れていますので、一生懸命思い出しながら、書き綴ってみます。

一回目のセッションでは、稲垣先生の誘導により、暗闇のトンネルを進み、前世の世界の扉を開けることから始まりました。
次は、そのときの状態を、記憶に残っているままに書き留めたものです。

扉を開けると、眩(まぶ)しい光の世界が見え、そこにもう一人の私がおりました。
前世の私と思われるそれは、姿も形もなく、無論男か女かも分からない、音も声もない、小さな光の塊(かたまり)ではありましたが、まちがいなく私でした注1
そして、一瞬にして、すべてのものが、私の中に流れ込んできました。私は、自分が何者なのかを知り、状況も把握できました。

私の前世は、タエという名前の女性で、天明三年に起きた火山の噴火を鎮めるために人柱となって、16歳で溺死するというものでした。
目の前に迫る茶色い水の色や、「ドーン」という音もはっきり分かりました。水を飲む感覚、息が詰まり呼吸できない苦しさ、そして死ぬことへの恐怖、それは言葉では言い表すことのできない凄まじいものでした。
私は、タエそのものとして死の恐怖を体験しました。注2
 
前世療法を受ける前までは、自分の前世がクレオパトラか楊貴妃だったらいいのにと勝手に空想したりして楽しみにしていましたが、まさかこのような前世が現れるとは夢にも思いませんでした。
自ら志願して人柱になる前世を持っていたとは、皮肉なことだと思わずにいられません。

ただ、死ぬというあまりの恐怖を体験したことによって、現世の私が「死にたい」と思わなくなったことが、私にとってよかったことだと思います。
とはいえ、しばらくの間は、溺れ死ぬ間際の、恐ろしい夢を見続けるというおまけ付きでしたが。

二回目のセッションでの私の望みは、できることなら痛みに耐えて、生きてゆく意味を、自分なりに見つけたいということでした。
このセッションは、70分という時間がかかったことを後で聞かされましたが、私には、せいぜい30分程度の感覚でした。

後でビデオを見せてもらいましたが、偉大な存在者の記憶は全くなく、そのあたりで時間のズレができたのではないかと思います。
ただし、タエと、ネパール人と、中間世の魂となっている部分の記憶は、催眠から覚醒しても、ハッキリ覚えていました。

次は、二回目のセッションの記憶を書き留めたものです。
前回と同じように、扉を開けると、あっと言う間に、私は13歳のタエで、桑畑で桑の実を摘んで食べていました。
私がそのタエを見ているのではなく、私自身の中にタエが入り込んでくるという感覚でした。注3

稲垣先生から、いろいろ質問がされましたが、現世を生きている私が知るはずもない遠い昔の出来事を、勝手に口が動いて、話が出てしまうという状態でした。注4
それは本当に不思議なことでした。

私は、今まで、群馬県に行ったこともありませんし、渋川村があったことも、吾妻川という川の名前も、それが利根川の支流にあたることも知りませんでした。
浅間山が噴火することは知っていましたが、天明三年旧暦七月七日ということは知りませんでした。
また、浅間山が龍神信仰の山であることも、火山雷のことも知りませんでした。
タエは名主クロダキチエモンと言っていますが、私はそのような人物を知りませんし、天明時代の名主の名前を調べたこともありませんでした。

さらに言えば、私は、今まで透視や憑依などの超常現象を経験したこともなく、その能力も全くありません。
インターネットを使うことができないので、タエの生きた時代や、ネパールについても、前もって調べることは不可能です。
また、本やテレビ、映画などでその時代の知識があったかというと、それもありえないのです。
なぜなら、私は天明時代やネパールについて全然興味がないからです。

それでは、なぜ答えることができたのかと言えば、やはり前世に出会ったとしか言い表せないのです。

やがてタエの息が絶え、私は、死後の世界を体験することになりました。そこは明るい光の世界で、私の身体はなく、ただ意識だけの存在になりました。注5
そして、偉大な存在者の姿を見ることができました。逆光の中に立つその方は、大きく、身体の周りが光で覆われ、色の黒い異国の人のようでした。

稲垣先生から、その偉大な方に質問し、やりとりしているときは、私は、まるで電話機の役割をしているようでした。
双方の声が、私を通してやりとりしている、そんな感じでした。
だんだんに二人の声が聞こえなくなり、その後のやりとりは、セッションが終わった直後も、今も、全く記憶にありません。

その後、私の記憶は、ネパール人のラタラジューという、ナル村の村長をしているところから始まります。
先にも触れましたが、私はネパールについては何も知りません。ネパールでは、西暦もカレンダーも、使われていないことを知りませんでした。「グルカ」という言葉も、ナル村という村があることも、もちろん知りません。
そして、その後、私は、現世の私に生まれ変わったのです。

こうして、私の前世療法は終わりました。
しばらくの間は、しっかりと二つの前世の記憶が残っていました。
私の語ったことが、どの程度検証されるのかは分かりませんが私にとっては、検証するまでもない、真実の記憶としか思えません。
私自身は、この二つの前世を「実体験」したことにより、前世を信じざるをえないようになりました。

一回目のセッション後の私は、死を恐ろしいものと実感し、死にたいという気持ちから解放され、どんなに辛くても生きていたい、と思うようになりました。

その後、二回目のセッション後は、生まれ変わりを信ずるようになりましたので、死を恐れなくなってきました。
もし、私が、死に直面しても、皆さんに「また来世で会いましょう」と言えるのではないかと思います。
現世限りで終わるのではなく、次の人生があると確信しているからです。
でも、だからと言って、死を望んでいるわけではないのです。
そのときが来るまで、せいいっぱい生きて、現世に生まれ変わってきた使命を果たしたい、と思うようになりました。注6

私は、幸いなことに(今はそう思えるのです)、側湾症で身体の痛みの辛さが、身にしみて分かっています。
見た目にも、背骨の歪みが分かるまでに悪化しています。同じような苦しみや、悩みを持つ人を、ある程度理解できます。
できることなら、もう一度勉強し、資格を取り、そうした人達とともに、生きる道をめざしたいと願っています。
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注1:こうした意識状態をSAM催眠学では「魂状態の自覚」と呼んでいる。つまり、里沙さんは魂状態の自覚へと遡行したのだと解釈している。魂状態にあっては、体重の感覚が消失し、肉体の感覚が消える、したがって性別の自覚もない、と多くの体験者が報告している。

注2:被験者里沙さんの意識には、「現世の意識」と「前世人格タエの意識」の2つの意識が併存状態になって自覚されている。こうして、里沙さんの「現世の意識」は、「前世人格タエの意識」を別人格のものと識別しつつも、タエの意識を共体験していると考えられる。つまり、前世人格の意識は、現世の意識とは別ではあるものの、まったく縁のない別のものではなく、何らかのつながりを感じさせるものでもある。こうした感覚を、「同一性の感覚」と呼んでいる。

注3:「私自身のなかにタエが入り込んでくるという感覚」は、いわゆるタエが憑依しているという感覚である。一般に「憑依」とは、自分に縁のない第三者の霊が憑依することを指す。前世人格タエが生まれ変わりである里沙さんに憑依する、などの憑依現象はこれまで報告されたことがない。
SAM催眠学では、こうした前世人格の憑依現象を「自己内憑依」と呼んでいる。自己の内部に存在している前世人格が、現世の自分に憑依して、前世人格が自己表現する現象のことである。換言すれば「前世人格の顕現化」である。

注4:「勝手に口が動いて話が出てしまう」のは、前世人格タエが「自己内憑依」をして、現世の里沙さんの発声器官を用いて自己表現しているからである。つまり、口を動かし話をするのは、里沙さんとは別人格のタエの人格の仕業だからこそ、里沙さんには自分の意志とは別に、「勝手に口が動き、話が出てしまう」という自覚になるのである。こうした自覚は、前世人格の顕現化中の被験者の意識として多くの報告がある。SAM催眠学では、「自動発話」、「自動動作」と呼んでいる。

注5:これが中間世、あるいは霊界における「魂状態」であったときの記憶ということになる。こうした魂状態であったときの異次元の記憶を語るSAM前世療法の被験者は少なくない。


注6:こうした生まれ変わりの確信が、けっして「生まれ変わるのだから苦痛の現世を早く切り上げて(自殺して)、次の生まれ変わりに期待しよう」という方向へ向かわないことの証左である。
生まれ変わりがあるとしても、現世は相変わらずかけがえのないただ一度人生である 。そして、生まれ変わりは惰性であるはずがなく、成長のための何らかの現世の課題を果たすためにある、と実感したとSAM前世療法後に報告されるのがふつうである。

2015年4月4日土曜日

SAM催眠学序説 その43

ネパール人「ラタラジュー」の人生再現


前世人格「タエ」の人生の再現をしましたので、その次の生まれ変わりネパール人「ラタラジュー」の人生を再現してみようと思います。
ラタラジューは78歳で死亡したと彼自身が語っていますが、78年の人生の大部分が謎に包まれています。
ここでは、彼の語りと守護霊の語り、史実との検証、セッション後フラッシュバックでの語りを手がかりに分かっている限りの再現を試みてみます。

なお、文章中の「ラタラジューの語り」、「守護霊の語り」、「検証されている史実」、「フラッシュバックによるラタラジューの語り」を明確に示し、想像で ある部分と事実である部分とを区別するために、下線の後ろに3種類の記号が付けてあります。記号の意味は次のとおりです。

記号S1:ラタラジューの語り 
記号S2:守護霊の語り
記号K:検証済みの史実
記号FB:フラッシュバックによるラタラジューの語り 

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ラタラジューはカレンダーを知りません。当然西暦も知りません。(S1)したがって、ラタラジューが西暦何年の生まれかを推測するためには、彼の語りの中でネパールの歴史に残っている事件を手がかりにして、その時点で何歳であるかを特定し、そこから逆算して生年を割り出す方法をとってみました。

ラタラジューはネパール語対話の中で、「30歳」という年齢を答えた直後にそれに触発された記憶であるかのように「ラナ、ラナ」と二度に渡って発語しています(S1)
また、若いころカトマンズに住んでおり、「戦いました。ラナ・・・シャハ・・・ラナ、戦いをした」S1)います。

さらに、守護霊は「ラタラジューは・・・若い頃、人を殺しています」と語っています(S2)

30歳、ラナ、カトマンズ、人を殺す、戦い、この5つの関係を推理すると次のような事実関係が成り立つことになるでしょう。

ラナとはネパールのシャハ王朝の独裁権力を振るった宰相家「ラナ家」を指していることは間違いないと思われます。ラナ家のシャハ王朝での独裁権力は1846年から1951年まで続きました(K)
そのラナ家が独裁権力を握るために有力貴族を殺害するという流血の権力闘争が1846年にありました。 (K)

こうして、ラタラジューは、1846年の当時30歳のときにカトマンズに在住しており、ラナ家の権力闘争に傭兵として戦闘に参加し、敵兵を殺害している、という推理することが妥当だと考えられます。
1846年当時30歳であれば、誕生は1816年ということになります。
2015年から200年前に誕生したネパール人ということです。

ラタラジューの前に生きた日本人少女タエは、天明3年(1783年)に溺死していますから、タエの死後33年でネパール人男性ラタラジューとして転生したことになります。
そして、ラタラジューは78歳で死亡したと語っていますから、 1894年の死亡になります。

ちなみに被験者里沙さんは1958年生まれですから、ラタラジューの死後64年で現世の里沙さんに転生したことになります。

守護霊の語りによれば、里沙さんの生まれ変わりはタエが初だ(S2)ということですから、彼女の生まれ変わり間隔は、タエ(1767-1783)の33年後にラタラジュー(1816ー1894)、ラタラジューの64年後に里沙(1958ー現在)ということになります。

このように、同一被験者の二人の前世人格の語りから、生まれ変わりの間隔が特定できた事例はこれまで世界に例がありません(K)

そもそも、2つの前世記憶を語り、その2つの前世記憶が2つともに検証可能なレベルで詳細に語られ両方とも事実と確認できた事例は、イアン・スティーヴン ソンの2000例を越える膨大な研究でも、たった一人しか見つけ出されていないのです。(K)(『前世を記憶する子どもたち』P333)
しかも、事実と確認できた2つの事例の一方が応答型真性異言で語られた事例は、これまで世界に例がありません(K)
こうして里沙さんは、応答型真性異言を語った前世と、検証の結果事実と確認できたもう1つの前世の、2つの前世を語った世界唯一の被験者ということになります。

したがって、里沙さんの語った「タエの事例」と「ラタラジューの事例」が、世界の生まれ変わり研究史上、きわめて貴重で稀な事例であることは強調してもしすぎるということはないと思われます。
しかも、「ラタラジューの事例」は催眠中の応答型真性異言事例として世界で三例目であり、その証拠映像が撮影されたのは世界初の事例なのです。


さて、ラタラジューは、1816年ネパールのナル村で誕生したと推定できます。

ナル村は、カトマンズ中心部から南方直線で34kmにある寒村です。
海抜1800mの位置にあり、2010年現在人口2277人、420世帯の小さな村です。
人口の97%を少数山岳民族のタマン族が占めており、90%以上がチベット仏教徒の村です。

家族構成で分かっていることは、父親タマリ(S1)母親ラムロ((FB)妻ラメリ(S1)息子アディス(S1)娘クジャウス(S1)ということです。

父親タマリはタマン族のグルカ兵だと語っています(S1)から、ラタラジューは間違いなくタマン族だと推定できます。タマン族は他民族との婚姻を認めないことが普通とされています(K)から、母親ラムロもタマン族であったと思われるからです。宗教もチベット仏教であろうと思われます。
ちなみにラタラジューは、グルカ兵であった父タマリを尊敬していたことが話しぶりから推測できます(S1)

したがって、ラタラジューの母語はタマン語であることは間違いなく、共通ネパール語が十分に使えなかったと推測できます。

ラタラジューが青少年時代をどこで過ごしたかは不明ですが、おそらくナル村で農耕生活を送っていたと推測できます。

前述したように、その後ナル村を離れたラタラジューは、1846年の当時30歳のときにカトマンズに在住しており、ラナ家の権力闘争に傭兵として戦闘に参加し、敵兵を殺害している(S1・S2)、と推理することが妥当だと考えられます。
この時点で、妻子をもうけていたかどうか、妻子を連れてカトマンズに在住していたかどうかは不明です。

里沙さんによれば、ラタラジューは傭兵としては勇猛で、しかも倒した敵兵の死体を蛮刀で切り刻んで喜ぶという残虐性があったようです。(FB)
このフラッシュバックによって、里沙さんはしばらくの間、肉料理ができなくなったと報告しています。
肉を包丁で調理するときに、ラタラジューが敵兵の肉を切り刻む感覚が再現するということでした。


現地調査を依頼した、ソバナ・バジュラチャリヤ博士(文化人類学)によれば、シャハ王朝が傭兵としてタマン族の青年を用いていたことは事実であるが、ラナ家の権力闘争でどれくらいのタマン族傭兵が参加していたかという数字は定かではない(k)ということでした。

30代の傭兵時代の後、ラタラジューが何歳でナル村に戻ったかは不明です。
ナル村で村長となり、78歳まで生きたということは語っています(S1)

ただ、ラタラジューはナル村の人数を25人と答えていますから、この人数がラタラジューがナル村に戻ったときの人数だと推測してよさそうです。(S1)

この人数は、いかに100年以上の人口とはいえ、2010年現在が2200人を越えていることを考えると、不合理に感じられます。
この点については、かつて村内25世帯で1つの区を形成していた時代があったことが検証されており(K)、デタラメな数字ではないと思われます。

フラッシュバックの語りによれば、ラタラジューは殺した敵兵の妻や子どもを引き連れナル村に戻った(FB)と言っているそうで、それら新住民を新たに自分の君臨する1つの区として形成したと推測することが可能です。
なぜなら、ラタラジューは、フラシュバックで、村内で独裁権力を握って、村民を酷使した恨みを買ったことにより、最期は毒殺された(FB)と語っているからです。
毒殺はラタラジューの血を引く息子、娘にも及び、妻ラメリ以外のラタラジュー一家は村内からすべて抹殺されたと語った(FB)そうです。

フラッシュバックの語りの信憑性の真偽は検証不可能ですが、ソバナ博士に依頼してナル村の古老34名に聞き取り調査をしても、ラタラジューとその家族の消息を知る者が一切発見できなかった事実(K)が理解できそうです。

私が、フラッシュバックの語りに信を置くのは、フラッシュバックによって想起されたナル村の風景が偶然では説明できない具体性を帯びている(FB)ことが一つ、もう一つは、「助けて、助けて」と煩悶しながら死の様子を語るラタラジューは、間違いなく現世の里沙さんの腹部に激しい痙攣を再現しているからです(S1・K)

一方で「生きて、人と、平和な村を、守る喜びを感じました。願わくは、字が読めるようになりたかった」とも語っています(S1)から、ラタラジューは横暴なだけの悪村長でなかったかもしれません。



こうして、ラタラジューも、タエと同様、その実在の完全な証拠を後世に残すことなく78年の一生を終えました。